自然なこころで生きる

たわいのない話

誰のものではない

11日は母の一周忌に当たる。

母は叔母や従兄からキチガイと陰で呼ばれていた。

学校の成績はずっとトップだったが、そう呼ばれることも宜なるかなと思えた。

おそらく彼女は自閉症スペクトラム発達障害だった。

彼女と話すと世界が度々歪んでいるように感じた。一度認識した事柄はそれが間違いであると事実を示し理を尽くして説明してもほとんどその認識を変えることはなかった。 

思考の基盤は自分が快かどうかだった。しかし、大きな快の為に目の前の小さな不快を受け入れるだけの計算はできていた。

常に不安を抱え予測不能なことを極度に嫌い、定型的なことが得意だった。定型的なことを好まず予測不能なことに心踊る私とは正反対だった。

彼女の人生の目的は私と同居し老後の世話を任せることだった。

そのために巧妙な飴と鞭を使った。

思い返すと不安が少ない時は私を褒め、不安が増すと徹底的に罵倒し時には折檻し自らの不安を解消した。

あたかも私は母の所有物ようであり、言わば好き放題に扱われた。

見兼ねた叔父叔母が諌めると、自分の子供なので口出しするなと言い返していた。

そう言われると叔父叔母は口を噤んだ。反論すれば母がどうするのか分かっていたのだ。

私の体力、知力が彼女を上回るようになるとさすがに暴力を用いる事は無くなったが自分のコントロール下に置くため罵倒は激しくなった。

それが功を奏しないと見るや度々自殺すると言うようになった。時には出刃包丁を私に握らせ殺せと迫った。

その様は、まさに狂人だった。

必ず自分が悪人ならないように私のせいにする計算が働いていた。自殺はわたしのせいであり、私に殺させようとした。

それらは私をコントロールする為であり死ぬつもりがないことが段々分かった。

 

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