自然なこころで生きる

たわいのない話

与えられた「生」を歩む

Music:Johann Sebastian Bach

Piano:Sviatoslav Richter

The Well-Tempered Clavier, Book 1

この曲はグルダの演奏で聴いたことがあったが当時はあまり印象に残らなかった。

今回たまたまリヒテルの演奏を聴く機会があった。とても心地良い。映像の効果が大きいのかもしれない。

バッハは汲めども尽きせぬ音楽の泉のように思える。

だからなのか不協和音に慣れた耳にもバッハはとても現代的に感じられる。

天才陶芸家岡部嶺男はベートーベンの弦楽四重奏曲をよく聴いていたらしいが、私にはどこか遠く古臭い感じがして今ではほとんど聴くことがなくなった。

そういえば武満徹は病の床にあった最晩年、バッハのマタイ受難曲を聴いていたという。

しかし、マタイ受難曲はあまりに大掛かりすぎて聴き続けることができなかった。

静けさのある曲が好みだからかもしれない。

文章もまた静けさのあるものが好みだ。

山田晶先生が「トマス・アクィナス」(中央公論新社)に綴られた解説文「聖トマス・アクィナスと『神学大全』」は透徹した知性の持つ静けさとでも言うのだろうか、軽躁など微塵もない静けさと悲しみを感じる。

「生」の儚さを知り、真理に首を垂れ教えを請う人の綴る文章は静けさと透徹した悲しみがある。

だからと言って読後に心が打ち沈むのではない。

眦(まなじり)を決するのではなく、終わりのある与えられた「生」を真理に向かって淡々と歩み続けよう。

邪な欲に絡め取られた我が身であってもそんな清澄な気持ちになる。

 

 


Nostalghia(1983)/ Andrei Tarkovsky / BWV853