自然なこころで生きる

たわいのない話

「川」

先日購入した山本昌男氏の二冊の写真集が昨夜届いた。

最初、書店で見たときは墨絵と思った。

いや違う、白黒の写真だった。

しかし、昨夜じっくり見ると頭部が赤い色の丹頂鶴が何羽かいる。

微かな赤の色。

一体どうしたらこのような写真を撮影できるのか。

これは誰にでも撮れるものではない。

スマホの出現によって写真は誰でも撮れるようになった。

デジカメは撮影枚数を気にすることなく撮影できることから撮影時間に余裕のあるアマチュア写真家をしてプロを凌ぐ写真を撮影することを可能にした。

プロのフォトグラファー受難の時代に入った。

しかし、山本昌男氏など一部のプロの写真家の作品は全く次元を異にする。

もちろん撮影にあたって膨大な時間と労力をかけ、さらにそれを加工する。

加工は写真編集ソフトによるデジタル加工に加え独自の加工を施している。

その独自の加工こそが彼の独自の技法なのであろう。

写真でありながら写真とは見えないものを作り出す。

あるいは、絵画のようでありながら絵画ではないものを創造する。

 

写真集を眺めていた妻が「悲しみがある。」と呟いた。