自然なこころで生きる

たわいのない話

初めての握手・最後の挨拶

私に洗礼を授けてくれたT神父は天草の出身だった。

生家は先祖代々からカトリック信者である。

素朴で確かな信仰を持っていた。

洗練とは程遠い田舎の司祭で、私とは年齢的には父と子の関係だった。

それだけでなく本当の父のように気遣ってくれていた。

 

T神父さんは私が受洗して何年か後に郊外の信者数が少ない教会に転出された。

寂しがり屋の神父さんを慰めようと同年代の8人で神父さんと鍋を囲む会を始めた。

鍋、カセットコンロ、器は全て神父さんが準備した。

鍋会の時は神父さんの準備したワインがいつも食卓に置かれていた。

ワインは神父さんが他の神父や修道院からもらったフランス、イタリヤ、スペインのもので美味しかった。

会費制だったが、材料費の大部分は神父さんが支払った。

仲間の一人がこれでは慰問ではなくタカリだと言っていた。その通りだった。

いつものように司祭館で鍋の準備をしていると楽しみにしているワインが見当たらない。

私が「今日はワインがないのか」というと仲間の一人から「神父様に失礼よ。」とたしなめられた。

それを耳にした神父さんは「息子が親の家に来て甘えるのは当たり前、何が悪いことがあろうか」とおっしゃった。

奥の部屋からワインを見つけて「あった、あった。あなたの好きなワインだ、飲みなさい」とワインのボトルを手渡してくださった。

 

私の席はいつも神父さんの正面だった。

ある時、鍋を囲んでいると唐突に私に向かって「あなたが教会から離れたら、私はどこまでも追いかけてあなたを教会に連れ戻しますよ」とおっしゃった。

なぜ私だけにそのようなことをおっしゃるのか分からなかった。

 

 

 

その後T神父さんは病気になり療養のため元の教会に戻ってこられた。癌だった。

当時の主任司祭のご配慮でT神父さんは主任司祭室で過ごしていた。

無愛想で挨拶は下手、人見知り。

頑固で無骨、しかし、優しい神父さんは人気があった。

多くの信者がご機嫌伺いに部屋を訪ねていた。私もそうだった。

帰ろうとして椅子から腰を浮かそうとすると神父さんは必ず新たな話題を持ち出した。

「そういえば・・。」

30分してお暇しようと腰を浮かそうとすると「そういえば・・・」

また30分。その繰り返しだった。

最後は自分の夕食であるお寿司のパックを差し出して「私は食べれないので代わりに食べてください。」

それでまた30分。

帰宅が遅くなり家から電話があると慌てて「早く帰りなさい」とおっしゃってようやく解放された。

これは神父さんを訪ねた人がみんな経験した。

 

ある社会福祉施設の再建を私を含め三人で行った。

三年かかって経営再建が軌道に乗り私はそこから離れた。

その間もその後も様々なことがあった。

膨大な時間と労力を使いながらほんのわずかなガソリン代だけが支払われたことに憤懣遣る方無かった。

ここには正義はない。あるのは偽善、見せかけの信仰心だけかもしれない。

「イエス様あなたはなぜこのようなことをお許しになるのですか。」

いつもイエスに問うていた。神の存在を否定するまであと一歩だった。

 

事の成り行きは最初から逐次T神父さんに報告していた。

最終報告のために訪れると神父さんは私の知らない私を巡る動きをご存知だった。

海外にいるある方が詳細かつ全体を俯瞰した情報を持っていた。

情報は国際電話で神父さんに伝えられていた。

報告を終えると神父さんは「ご苦労様でした。あなたは司教から火あぶりの刑に処せられたジャンヌ・ダルクのようでしたね。あなたはユダヤ人の高位聖職者から磔刑に処せられたイエス様と同じでした。」とおっしゃってくださった。

T神父さんの素朴で何者にも動じない信仰心はイエス・キリストを絶対的な存在としていた。それゆえ普通の人をイエスになぞらえることは絶対にしなかった。

にもかかわらず自分の信念に反する言葉を私にかけてくださった。

何の疑いもなく神を信じ、イエス様の前では子供のように純朴な信仰心に知性のなさを感じ反発したこともあった。

しかし、T神父さんの言葉でそれまでの怒りや不信が消え、澄み切った青空のような心になった。

 

それから神父さんはたびたび入退院を繰り返された。その度ごとに痩せていった。

最後に入院されたのは初冬だった。

年末に最後のお見舞いに伺った。

病室には神父さんしかいなかった。

頑張るよう励まそうとしても虚しい言葉にしかならないので仕事の話を少しした。

5時になろうとした時、神父さんが「お家の人が心配するといけないからもう帰りなさい」とおっしゃった。

初めて引き止められなかった。

そして、布団から右手を出して私の手を握った。私に洗礼を授けた手だった。

私も初めて神父さんの手を握った。柔らかな手だった。

私の目を見つめ「さようなら。」とおっしゃった。

「さようなら。」と応えた。

 

年が明けて間なく神父さんは帰天された。