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自然なこころで生きる

たわいのない話

モノグラムの葉書

カトリックの洗礼を受けるときには信者に代父母をお願いする。受洗者が男性の場合は代父、女性の場合は代母となる。代父母は受洗者の霊的な親として様々な面で代子の支援を行なう。

私の代父は2年ほど前に企業を定年退職されたYさんだった。

Yさんは私より2歳年下の長男を頭に三人の男ばかりの子供がいた。

家族全員カトリック信者だったが両親以外は教会に通っていなかった。

Yさんは私がカトリック教会に早く馴染めるよう色々な方に紹介してくださった。

受洗して数年が経過したときにある司祭からYさんが生活に困窮している高齢の信者に金銭的援助をしているのを聞いた。

Yさんにそのことを伺うと「そのようなことを口の端に載せることは良くない。」とたしなめられた。

 

今から7年ほど前にYさんの奥さんが脳梗塞で倒れた。

両親の世話をするため東京で就職していた長男のTさんが会社を辞めて戻って来れこちらの会社に再就職された。

歳が近いことと仕事上の付き合いがあったので彼と話をするようになった。

奥さんが倒れて2年経った頃Yさんは認知症を患い教会に来なくなった。

 

Yさんの出身地にある教会の大きな行事にYさんは招待された。

長男のTさんが連れて行くことになり久しぶりに教会に行けるとYさんは喜んでいた。

その行事の一週間ほど前の夜、Tさんから電話があった。

行事のため彼が用意していた祝儀袋からYさんがお金を抜いたという。

Yさんが外面だけ良い人であり、苦労させられた兄弟は全員Yさんと不仲であると話された。

兄弟全員が教会を離れたのは父のような偽善者が信じるカトリックを信じることが出来ないからだと。

最後にYさんが楽しみにしていた教会の行事には連れて行かないと告げられた。

電話の後すぐにYさん宅に車で駆けつけた。

Yさんはリビングに一人でいた。

Yさんが横浜の家具屋に特注で作らせた自慢の大きなテーブルの上に祝儀袋とルイヴィトン社のモノグラムの葉書が並んで置いてあった。

事情を伺うと、Yさんは祝儀袋にはちゃんとお金が入っているのにTは変な事を言うと困った顔をした。

それからYさんはルイヴィトン社の葉書を手に取りじっと見つめていた。

彼が見つめていたのは葉書ではなかった。

モノグラムに見えたのは人の顔だった。

古びた集合写真だった。

Yさんは陸軍少年飛行兵学校の出身者で、その写真は飛行兵学校の入学式の記念写真だった。

「私の人生の全ての失敗はここから始まった。」と言った。

 

Yさんは14歳でその学校に入学し特攻として死ぬことだけを目的に生きていた。

終戦により学校は閉校となり彼は生きる意味を失った。ある火山の噴火口に身を投げた。運良くすり鉢の途中の段で止まった。そこで初めて死を恐れ70メートルの崖をやっと登り助かった。その後、カトリックの洗礼を受け司祭を目指し神学校に入った。叙階前に退学し実業界に身を投じ会社を設立した。会社は残念ながら倒産しサラリーマンになった。

Yさんの眼には涙があった。

Yさんを抱き締め頭を撫でた。

Yさん宅を辞し、車で10分程の所に別居しているTさんを訪ねた。

長い時間、話を聞いた後Yさんから聞いたことを伝えた。

予定通りTさんが一週間後の行事に連れて行くことになった。

 

その後Yさんと電話で何度か話をした。

2年前の12月25日、キリストの降誕日にYさんは帰天した。

 

Yさんの葬儀は教会で行われた。

Tさんは「父の親しい人から父の苦難に満ちた人生を初めて知らされた。父を誇らしく思う。」と喪主の挨拶をなさった。涙声だった。

出棺前の時間、Yさんと最も疎遠だった三男のSさんがYさんの顔を優しい表情でずっと撫でていた。自分の温もりを伝えているようだった。

Sさんは私を認めると、「最後に聞いた父の言葉を教えて下さいませんか。」と尋ねた。

Yさんと会話を交わしたのは電話だった。

時間の観念と記憶を失い、何度もおなじことを尋ねていた。

ようやく尋ねることを諦めたYさんは「私を見捨てないでな。」と言って電話を切った。

それが最後に聞いた言葉だった。

 

Yさんは間違いなく私に対して見捨てないでと言った。

しかし、果たしてそれだけだったのだろうか。

Yさんは本当は誰に見捨てないでと言ったのだろうか。

何を見捨てないでと言ったのだろうか。

見捨てないでと言ったのはYさんの何だったのだろうか。

 

 

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