自然なこころで生きる

たわいのない話

失った根がある場所

私が小学校に上がる前は、田舎だったこともあるのだろうがどの家も鍵はかけていなかった。

私は向こう三軒両隣の家に勝手に上がり込んでいたらしい。子供だから誰も咎めなかった。

近所の人たちは生まれたときから知っていた。皆優しかった。

離婚後、母は職場で父が起こしたあることについて新聞記者の取材を受けた。

幸い記事にはならなかったが街の人たちは父が起こしたあることを知っていた。

買い物をしていると見知らぬおばさんから名前を呼ばれ、「お父さんはどうしているの」とわざと尋ねられたことが何度かあった。

同級生とその母親と道で会った時、母親から促された同級生から同じことを尋ねられた。

言い争いになり、形勢が不利になった別の同級生は私に「お前のお父さんがしたことは・・」と言って口を噤んだ。

弱みを見せたら負けだった。闘わなければ生きていけないと自覚した。

 

近所の人たちは違った。大人も子供も変わらずに優しかった。

いつも守ってくれた。家の中にいるのと変わらなかった。

私は父が生まれ育ち、祖父も生まれ育った土地で長男である父の一人息子として生まれ育った。

全国的にはそう少なくない苗字だったが小学校では私と同じ苗字は一族の者だけだった。

私の苗字と生まれ育った土地は大げさに言えば私の根のようなものだった。

 

当時の民法では婚姻時に氏を改めた者は離婚の際に復氏しなければならなかった。

離婚によって母が親権者になったので私も母の氏を名乗ることになった。

当時の担任の先生と母との間で小学校在学中は旧姓を名乗り、卒業時に新しい氏を名乗ることとなった。

改姓は卒業式と決まった。

卒業証書を頂くためステージの右手から上ると左手側に立っておられた担任のT先生が覚悟はできているを確認するかのように私の目を見つめた。

私も先生の目を見つめ返した。

それを確認してから私の名前が新しい氏で呼ばれた。

リハーサルのときよりも大きな声で返事をした。

会場がざわついた。

校長先生から卒業証書を授与され自分の席に着くと隣に座った同級生が「何て呼ばれた?」と聞いた。

小学校の卒業式で依って立つ根の一つを失ったような気がした。

新しい名前に馴染めなかった。

 

中学2年の夏、生まれ育った土地から母の実家近くに引っ越した。

周囲の人は全くの他人ばかりになった。

気楽に家に上ることはできなくなった。

母の故郷であるが私はここの人間ではない。

依って立つもう一つの根を失った。

根無し草になったような気がした。

新しい土地に住み続けているが今でも馴染めない。この土地は好きになれない。

 

小学校は生家の裏の小高い丘の上にあった。

校庭で遊んだ後丘の斜面から私はよく生家を見ていた。

時折 両親の姿を認めることもあった。

夕陽の美しさに目を奪われたのはあの丘だった。

昔は死んだら卒業した小学校の丘の斜面にほんの一欠片でいいから私の遺骨を埋めてもらいと思っていた。

失った根はそこにあるのだから。