自然なこころで生きる

たわいのない話

悲しみ

絵画でも彫刻でも陶磁器でも心惹かれる作品は悲しみがある。

マーク・ロスコの作品を見て最初に感じたのは悲しみだった。

ハンス・コパー、ルオーも然り。

悲しみは芸術作品だけに見られるだけでなく、人間という存在の根底に共通してあるのではないだろうか。

河合隼雄先生は、人間が自然から切り離されたことからくる悲しみが人間存在の根底にあると述べていたように記憶している。

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人間だけが自分が死にゆく存在であることを認識している。

したがって、日常生活で忘れているにせよ人間は生が終わりのある儚いものであることを知っている。

すべてが死によって失われ、何も残らず何も残せない。

死がなければ何かを残そうと思わない。

残せないと知っていながら残そうとする。

死にゆく存在の虚しく儚い努力。

それらが人間存在の悲しみであるのではないか。

それは私たちの心の奥底に静かに沈み込んで、通常は姿を見せることはないしそれがあることすら気づかない。

優れた芸術家は光届かぬ深奥に沈んでいる存在そのものの悲しみを掬い取って形にしているのではないだろうか。

  

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人間存在に共通する悲しみとは別に個人の悲しみがある。

一時的な感情ではなく、個人の経験から生じ死に至るまで引きずっていかなければならない悲しみあるいは心の痛みである。

生きて行く中で他人を傷付けなかった人はいない。

他人を足蹴にしたことがない人はいない。

どんなに仕方なかった、気付かなかったと弁解しても傷付けられた相手の悲しい目が心から消えることがない。

我が身を振り返ってみても、どれだけ多くの人を傷付け、足蹴にしたことか。

余りの数の多さ、酷さに愕然とする。

自分の業の深さ、罪深さに心に痛みと深い悲しみを覚える。

もちろん私も傷付けられ足蹴にされてきた。

私たちは互いに傷つけ足蹴にし合いながら生きていく悲しい存在なのだろう。

 

母は職場では大変厳しい人であり一部の人からは蛇蝎のように嫌われ陰口を言われていた。

しかし、母は子供には優しかった。

生母と別れた子供、特に継母に育てられている子供に同情以上の深い思い入れがあった。

小学生の頃、継母に育てられている同級生が一人いた。母は彼に会うといつも優しくその同級生に声をかけていた。

同級生も母を見ると嬉しそうに「おばちゃん」と呼んで母のそばに来た。

母は彼の身を案じ、継母に虐められていたことに心を痛めていた。

彼は時折私に全く理不尽な暴力を振るった。

そのことを母に話すと意外にも母は怒らなかった。

むしろ継母に育てられている彼に同情し私に我慢するように言った。

母が彼に注ぐ眼差しは他の同級生に注ぐそれよりもはるかに優しかった。

私に注ぐ眼差しとも異なっていた。

母は遠くの土地に三人の子供を置いて婚家から戻った。

三人兄弟は継母に育てられた。

その当時私はそのことを知らなかった。

おそらく、彼に注がれた眼差しは遠くの土地に残し継母に育てられている自分の子供に対するものであったのだろう。

母は決してそのことを口にしなかった、それが却って母の悲しみの深さを物語っていた。

母にこのような悲しみがあったことは母を蛇蝎のように嫌っていた人たちは知る由もなかった。

 

母が亡くなったとき、遠くの土地に住む長兄に電話で知らせた。

長兄は生き別れから三十年経って初めて母と再会した時のことを話してくれた。

 一番下の兄は母に「あなたを母親と思ったことは一度もない」と言ったそうだ。

家族葬だったが、三人の兄達は葬儀に参列しなかった。

兄達から何の便りもなかった。