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自然なこころで生きる

たわいのない話

理系のクリスマスローズ

知り合いが栽培したクリスマスローズを妻が購入した。

その方はある化学薬品を生産する企業で研究職に携わっていた。定年退職後はクリスマスローズの栽培をされている。

研究者だっただけに、蓄えた詳細なデータベースを基に様々な品種を交配し新品種を作っている。

先日読んだ本でスピノザの「神学政治論」の論理の進め方を知ると、ベルクソンとホワイトヘッドの本を読みたくなって図書館から借りてきた。

しかし、スピノザベルグソン、ホワイトヘッドは頭が良過ぎて難しい。

一般的に頭の良い理系の方の本は面白い。

言葉が情緒的でなく曖昧さがないので読みやすい。

鶴見俊輔はハーバードで哲学を学んだが、その哲学は数理哲学だった。

哲学は文系学部であるが、数理哲学となると文系なのか理系なのがわからない。

そういえばホワイトヘッドはイギリス時代は数学を教えていたがハーバード大では哲学を教えた。

(ホワイトヘッドの最終講義を鶴見俊輔は聴いたらしい。)

スピノザの「エチカ」は文系のボンクラ頭では読み始めてすぐに投げ出したくなる。

 

短歌は多義的かつ曖昧で文系の典型のような気がする。

短歌は昔から苦手だった。

読んだ後、いつもそれで?となる。

最近は解説を読んでその重層的かつ多義的な意味に感心する。

理解できなかったのは自分が子供だったからと思うようになった。

俳句は芭蕉の「荒波や佐渡によこたふ天の河」。

この句は衝撃的だった。

17文字にこれだけの空間と光の明滅、動きを表現できるのかと芭蕉の天才に感服した。

以来私の中では芭蕉宮沢賢治の二人が日本を代表する詩人である。

 

淀屋橋でサラリーマンだった頃、システム開発のプロジェクトチームに配属された。

四つの課の出身者から組織され数学科出身者を核に周辺に文系のメンバーを配した玉石混交のチームだった。

私はわが課の代表というよりも補欠要員で、もちろん文系の石の方だった。

チームはさらに少人数のチームに分かれていた。

そのチームでは問題点について私と数学科出身とはいつも同じ結論になった。他の文系出身者とは意見が異なった。

おかげで数学が得意と誤解されたのか微分を使う特別セクションの担当を命じられた。

もちろんさっぱり分からなくてしばらくしてお役御免になった。

数学科出身の上司に申し訳なかった。