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自然なこころで生きる

たわいのない話

20世紀という故郷

科学と政治が結託して人間を弄んだ時代だと広島と長崎で二回被爆した方のこの言葉を用いて鶴見俊輔は20世紀を総括した。

20世紀は二つの世界大戦を経験した。

ベトナム戦争朝鮮戦争も引き起こされた。

原爆投下、アウシュビッツなどの大量虐殺が行われた時代である。

20世紀は科学と政治によりそれまでの人類が経験しなかった大量虐殺がなされた時代だった。

第一世界大戦の足音が微かに聞こえる頃、ウィーンでシェーンベルクが取り憑かれたかのように作曲し始め、パリでストラビンスキーの火の鳥が上演され大顰蹙を買い途中で幕を下ろした。絵画ではカンジンスキーが抽象画を創作していた。

彼らの芸術的感性は深いところで迫り来る戦争と大量虐殺の足音を聴いていたのだ。

現代音楽と現代美術が始まったのは20世紀だった。

 

私がクラシック音楽に興味を持ち始めた頃、良く聴いたのがモーツァルトだった。

彼の天上的な音楽は悲しみさえ美に変えていく。しかし、少しだけ違和感があった。

その後現代音楽を聞くようになった。

現代音楽の聴き始めはその無調性の音に苛立ちを覚えた。

やがて馴染むようになるともっぱら現代音楽だけを聴くようになった。

それでも時折モーツァルトを聴くこともあった。

モーツァルトを聴いていると呻き声が聞こえてくるような感じがした。

その呻き声はモーツアルトの天上的な音楽を聴くことに後ろめさを感じさせた。 

それは大地に延々と続く墓標から聞こえてくる声だった。

砲声と爆音で皮膚を破られ骨を砕かれ、鮮烈な光と熱に皮膚と肉を焼かれ殺された人々の声だった。

呻き声は私たちを忘れるなと言っているように思えた。

大量虐殺が行われ死体が大地を覆い兵士の墓標が延々と続く。

それが20世紀だった。

私たちが生まれ育った世紀、20世紀という時代は私たちの故郷なのだ。

現代音楽は私たちの故郷の歌なのだ。

無調性は科学と政治が結託して人間を弄び戦争と大量虐殺をした20世紀を表しているのだ。

私たちの歌なのだ。

戦争と大量虐殺は天上的な美にはなり得ない。

モーツアルトが創り出した美はあまりに天上的過ぎた。

私たちとは故郷を異にする人たちの音楽なのだ。

モーツアルトを聴けなくなった。

 

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