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自然なこころで生きる

たわいのない話

ありがとうございました。

本日も当ブログにお立ち寄りいただきありがとうございます。

 

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私は大学、予備校、専門学校で法律を教えながら主に二十代の若者を中心に心理カウンセリングを行なって来ました。彼らは一見すると普通の若者たちでしたが、どう生きていいのか分からず鬱屈した心を持っていました。出口のない、したがって社会に出ることが出来ない彼らの話に耳を傾け心の奥底に降りて行くことで支えてきたつもりです。

ところが、私自身が鬱病になってしまいました。メンタルクリニックで初めて精神科医に診ていただきました。しかし、乱暴な意見ですが、メンタルクリニックの医師は全く役に立ちませんでした。彼は私の心の奥底に降りていくことができませんでした。そのために必要な幾つかのことを伝えましたが彼は全く気付きませんでした。彼は私を観察の客体としかみていず、ほぼ投薬治療だけしかしませんでした。そこには人間同士の心の交流がありませんでした。

結局10年近い年月をかけ自分で治しました。治すというより私の物語を見つけることで苦悩に喜びが生まれました。もちろん、心の病を抱える人には薬による治療が必要な方がいます。そうでない方は、薬ではなく、またその場しのぎの癒しに逃げるのではなく苦悩を生きることが必要ではないかと考えています。苦悩を引き受けて生きることが人生であり、真の喜びに至る道だと思います。それが快復であり、真の治癒と思います。

 

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もう一つなくてはならないものがあります。愛です。愛とは感情ではなく相手を大切に思う心です。私が苦悩を引き受け、そこに意味を見出すことができたのは妻の愛に基づく支えがあったからです。

カウンセリングにとって最も大切なものも愛です。そして一番の愛は家族の愛です。家族の愛があれば本来カウンセリングやカウンセラーは必要はありません。愛が最も有効な技術であり理論なのです。どんなに優秀な臨床心理の専門家も人間の心のことを完全に知っているわけではありません。むしろ知らないことの方が圧倒的に多いと思います。だからこそ特定の理論に頼るのだろうと思います。

人間の心だけが人間の心を癒します。相手に対する愛が相手の心を開き奥底に導くように思います。

愛されて、苦悩を自ら引き受け生き抜く時私たちは物語を紡ぎます。しかし、物語は一人では紡ぐことはできません。家族で物語を紡ぐのです。物語を紡ぐからこそ家族なのです。

 

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愛は一方通行ではなく、愛されれば愛するようになります。愛は自分を相手に与えます。そのとき人は自分を超えるのです。つまり自分を捨てるのです。

愛する相手が神であるとき、私たちは神にすべてを委ねるようになります。ここに至ると苦悩は喜びになります。これは難しい道のりです。しかし、最も簡単な道です。信じて委ねるには修行は要りません。

 

 

私は、自分自身の治癒の過程をブログで明らかにしようとしました。そうすることで皆さんのお役に立てればと思い恥を忍んで記事をエントリーして来ました。

お役に立てたなら幸甚です。

 

(3月3日に一部削除、加筆修正)

 

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