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自然なこころで生きる

たわいのない話

隠さない勇気

今日はブログは休み。

のつもりだった。

このブログを始めた当初は読者の「役にたつ」ことを伝えようとしていた。

自分を隠した「情報」提供のつもりだった。

しかし、「情報」は大概が流れ去り、残ったものも役に立たぬものばかり。

読む者の胸に深く沈潜し時が経てば芽吹くようなものにはなり得ない。

自分を隠しては誰の胸も打たない。

 

あるブログで詳細でなものではないがブログ主の「病」の記事を読んだ。

長い時間を病とともに歩んで来られたことが記されていた。

また別の方であるが、sns父親の身勝手さにどれだけ傷つられたかを記していた。

決して家族以外には者には教えないであろう決心も記されていた。

いづれも深い感動を覚えた。その記事と書かれた方に。

 

それからだった、匿名性を隠れ蓑にし「健康」で「明るく」「自信に満ち」た作り物の自分ではない「病」を抱え「陰鬱」なものに支配されそうになりながら、それでも「何とか」「肯定的に」生きていこうとしてきた自分を少しづつでも出していこうと思うようになったのは。

それはやがてself-insightに至るようになった。

おかげで憑き物が落ちたように何も抱え込むものがなくなり、良いのか悪いのか分からないがいかにも凡庸になってしまった。

いやもともと凡庸だったのだ。

しかし、外の世界がフィルターを通すことなくそのままの姿で視界に入るようになった。世界はこんなに広いのかと驚く。

 

妻は体は細いが体力がある。朝から夜遅くまで活動し生活も楽しむ術を知っている。

私は幼い頃肝臓が悪かったことがあるからなのか頑張ると翌日寝込むことが多い。

会社勤めの時は週日は頑張って夜遅くまで仕事したが週末はよく熱を出して寝込んでいた。

しかし、体力にあまり自信がないからかもしれないが、心の問題はよくわかると思う。

悪しき面があれば善き面が必ずあるのだ。

一生懸命生きて来た人の頭に浮かぶ事柄は誰かの役に立つと思う。

そんな方の話は静かに降り積もり雪のように心をそっと覆う。

 

私が自由なこころで生きるようになったきっかけは先のお二方の記事だった。

お二方に心からの感謝をお伝えしたい。