自然なこころで生きる

たわいのない話

光差す

3年前の写真

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この頃はだいたいこのような陰鬱なトーンが多かったし、それが好きだった。

今でも派手な色よりも好ましく感じる。

昨年秋になると

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実に光が当たっている。ピントが合ってないのはご愛嬌。

いや、天候のせいで無理矢理こじつけていると言われるかもしれない。

確かに天候の違いはある。しかし、それでも撮影しようと思うかどうかだ。

そして撮影後に保存しようと思うか。

やはりそこには心が働いていると思う。

 

次の写真は2015年の終わりに撮影した苔。

明るいトーンではないが仄かな光が差している。

光が差しているのは若い実。 

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これは2016年秋に撮影した苔。

今見るとむしろ主題は苔ではなく光のようだ。

 

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次の二枚も主題は「光が差す」のようだ。

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人間が「見るもの」は単純なように「見える」がそんな単純なものではないようだ。

心の奥底にあるものー自分ーを何らかなの媒体で「見える」ようにすることは大切なことではないだろうか。

そこには新たな道の萌芽があるように思う。

三枚目の写真に写された仄かな光が差した実のように。

若い実はやがて光そのものになる。