自然なこころで生きる

たわいのない話

人は人によって磨かれるー拾われる(その2)

入社して二年目、配属が変わりC課長の下で仕事をするようになった。 C課長は、N主任の下で働く私を見て、このままではあの若者はダメになるから俺に育てさせてくれと言って引き取ってくださったという。 C課長の下で仕事するようになって、やっと仕事が面白…

人は人によって磨かれるー史上最低の新入職員(その1)

4月1日は入社式が行われ、若者たちは職場に配属される。 そんな若者たちのために。 新入職員の私が配属された支社の部署はN主任と私以外は全部女性だった。 研修で支社に配属されると女性社員にモテるという噂を耳にしていたが全くモテなかった。 というの…

旅から戻る

日本橋 最終日は日本橋を歩く。 行き交うサラリーマンは仕立ての良いスーツを着ている。 コートもお洒落。 建物の多くは新しくカッコイイ。 しかし、ビル街なので仕方ないが暮らしがない。 モダンさは日常生活と対極にあるのだろう。 ビル街のポカリと空いた…

手を振る

雨の神楽坂を出る。 三田のフレンチの店で昼食。 この店のオーナーシェフのSさんは何年も息子を励まして下さった。 彼はその言葉を糧として数年間過ごした。 仕事に厳しく、温かくて優しい心の人が作る料理は気を衒ったところがない。 慈しむように穏やかに…

時間が作り上げる

夕方の上野公園 未だ一分咲きの桜がほとんど。 この木は満開。 海外から来られた方が写真撮影をしている。 光量が少ないが、何とか1枚。 翌日は雨との予想だったので、2日分の予定をこなすためこの日は随分歩いた。 いつも訪ねる店で和菓子を肴に日本酒。 一…

初めての握手・最後の挨拶

私に洗礼を授けてくれたT神父は天草の出身だった。 生家は先祖代々からカトリック信者である。 素朴で確かな信仰を持っていた。 洗練とは程遠い田舎の司祭で、私とは年齢的には父と子の関係だった。 それだけでなく本当の父のように気遣ってくれていた。 T神…

静かな時間が流れる。

最後に映画館に行ったのはいつだったのだろう。 そもそも映画に限らず、古典芸能を含め演劇というのを見ることはほとんどない。 唯一の例外は能である。 能は舞台上で華々しいストーリーの展開がないのが好ましい。 役者が何を言っているのか分からないこと…

大観峰

阿蘇外輪山の大観峰から pm2.5の影響か靄がかかっていた。 ダイナミックな景色。 撮影するのは早朝か夕方、または夜間が適切かと思った。

静けさのある処

大分県別府市といえば温泉が有名である。 また別府市は竹工芸の盛んな土地でもある。 別府公園 別府公園から遠く鶴見山を望む。 公園内には竹林がある。 皇居内の旧近衛師団本部のあった赤煉瓦の建物に伝統工芸館があった。 染織品の展示室から陶芸などを展…

モノグラムの葉書

カトリックの洗礼を受けるときには信者に代父母をお願いする。受洗者が男性の場合は代父、女性の場合は代母となる。代父母は受洗者の霊的な親として様々な面で代子の支援を行なう。 私の代父は2年ほど前に企業を定年退職されたYさんだった。 Yさんは私より2…

1日1組限定の宿

昨年の秋、友人と写真展を見るため遠くの旅館に行った。 その旅館は宿泊客を1日1組に限定して宿泊料はかなりの高額なので写真展がなければ一生縁のない場所である。 せっかくなのでランチを予約して男二人で食べた。 もともとは美術に慧眼のあったある資産家…

存在が支える

今年も第三者委員の更新をした。 私は10年ほど前から重症心身障害児(者)施設の第三者委員をしている。 と言っても最初から開店休業状態が続いている。 第三者委員は利用者と施設のとの間で生じた問題あるいは苦情を第三者の立場から話を伺い解決の方向を…

My Sweet Lord

昨日の記事で写真撮影の際に気を付けている点を述べたが、失念していたことが二点あった。 一つは写真撮影の前のことになる。 いろんな写真を見て心惹かれる写真を見つける。 そして心惹かれる写真をパクる参考にしている。 色と形だけにとらわれるのではな…

失った根がある場所

私が小学校に上がる前は、田舎だったこともあるのだろうがどの家も鍵はかけていなかった。 私は向こう三軒両隣の家に勝手に上がり込んでいたらしい。子供だから誰も咎めなかった。 近所の人たちは生まれたときから知っていた。皆優しかった。 離婚後、母は職…

白い人

キリストは、2000年前、すべての人の罪を贖うため何の罪も犯していないのに十字架につけられて死んだ。 十字架上で腰に白い布だけを着け群衆から嘲られ辱められている姿は絵画の題材として度々取り上げられている。 私にとってキリストとはその姿の人で…

きつくて楽しい登山

休みだったので車を走らせ久住高原へ。 撒き餌レンズと言われるf値1.8、50mmの安い単焦点レンズだが、とても鮮明に風景を写してくれる。 ズームレンズは一般的にすこぶる便利だけれども空気に濁りがある。 便利さは何か大切なものとトレードオフの関係にある…

方言

喘息になったのは四年前の雪の降る日に薄着で京都の街を歩いて風邪をひいてからだ。 二泊三日の大阪旅行に夫婦で行き、一日だけ楽美術館に行くために一人で京都に行った日だ。 大阪に行くのは何年振りだっただろう。 最近は東京ばかりで大阪に行くことはなか…

悲しみ

絵画でも彫刻でも陶磁器でも心惹かれる作品は悲しみがある。 マーク・ロスコの作品を見て最初に感じたのは悲しみだった。 ハンス・コパー、ルオーも然り。 悲しみは芸術作品だけに見られるだけでなく、人間という存在の根底に共通してあるのではないだろうか…

城下町散策

城下町大分県杵築市を散策。 この町は二つの丘に武家屋敷がある。 写真のこちら側と向こうに見える坂の上が武家屋敷。 二つの丘に挟まれた坂の下に商家が立ち並ぶ。 坂を下りて向こうの側の坂を登る。どちらの坂の上でも立派なお屋敷を見ることができる。羨…

茶碗が象徴するもの

抹茶茶碗を鑑賞するときは、真横から観る。 高台から縁にかけて立ち上がる側面の曲線を観る。 微妙な曲線を描いているか、膨らみ具合はどうか、外側に開いた曲線が縁に至る直前再び収束するかなどだ。 つまり括れ。 側面が直線であるとシャープであるけれど…

A Taste Of Honey

高校生の頃にこの曲を初めて聴いた。 この曲はビートルズ最初期にレコーディングしたものだが彼らのオリジナルではない。 ビートルズがカバーした曲は古臭く下らないと思いながらもこの曲は何故か好きだった。 しかし、深夜にこれらの曲を聴いていると、これ…

中津城

中津城は息子が小さかった頃家族4人で来たことがある。 お城のある街は風情がある。 明治になり城を破壊したのは間違いのように感じる。 明治政府は革命政府だったのだろう。 snsで中津城の写真をアップしたら外国の人からの反応が良かった。 梅の枝にはお…

理系のクリスマスローズ

知り合いが栽培したクリスマスローズを妻が購入した。 その方はある化学薬品を生産する企業で研究職に携わっていた。定年退職後はクリスマスローズの栽培をされている。 研究者だっただけに、蓄えた詳細なデータベースを基に様々な品種を交配し新品種を作っ…

お腹周りと合理主義

スピノザの神学政治論の概説を読む。 スピノザが生まれて130年程後に生まれた富永仲基が仏教批判をしたように、スピノザは神学批判をした。同時に哲学者も批判した。 共通するのは合理精神、透徹した論理か。 有り体に言えば頭がいい。 この2週間ほど本を読…

由布院にて

仕事の後、友人の工房を訪ねる。 由布岳を撮影。 頂上付近に雪。 今年の正月に撮影した写真をSNSにアップしたところフランス人のSNS友達から今の時期フランスの空はどんよりとしているので青空が羨ましいとメッセージが来た。 青空は理屈を超えて嬉しい。 枯…

オリビエ・メシアン

最近、再び聴くようになったオリビエ・メシアン。 現代音楽といえばメシアン。 この曲は比較的耳になじみやすいように思う。 Olivier Messiaen ‒ Preludes pour Piano こちらは代表曲の一つで私の好きな曲。 最近はモートン・フェルドマンより聴いている。 …

言葉にできない

就職して2年目、義父が自殺した。 ある日の夜、家を出て行き、朝になっても帰宅しなかった。 胸騒ぎがしたので会社を休み義父の勤務先まで訪ねて行った。 様子を見に行った義父の勤務先の社長から倉庫で自殺していると電話があった。 急いで駆けつけた。 社…

急がなければ

マーク。ロスコの最晩年の作品を鑑賞する。 ただしあまり後味が良いとは言えないかもしれない。

ずっと以前に伝えていた

小学生の頃から偏頭痛と吃音に悩まされた。 偏頭痛は月に一度くらいなのでそれさえ過ぎればよかったが吃音はそういうわけにはいかなかった。 授業で答えなければならないからだった。 特に国語の教科書を朗読させられるのが苦痛だった。 小学4年の時、何か…

20世紀という故郷

科学と政治が結託して人間を弄んだ時代だと広島と長崎で二回被爆した方のこの言葉を用いて鶴見俊輔は20世紀を総括した。 20世紀は二つの世界大戦を経験した。 ベトナム戦争、朝鮮戦争も引き起こされた。 原爆投下、アウシュビッツなどの大量虐殺が行われた時…

Baby it's You.

軽作業の時はBGMにモートン・フェルドマンのピアノ曲を流している。 10代からずっとビートルズを聴いていたのだが,中年になったある時からほとんど聴かなくなった。 その代わりクラッシック音楽を聴き始めた。 最初の頃はモーツアルトを聴いていた。それか…

レノン・マッカートニー

ビートルズのファンだったので友人関係の範型はレノン・マッカートニーだった。 しかし、なかなかそういう友人に出会えなかったし、将来もそうであろうと思っていた。それが普通なのだ。 大学に入学して頭腦明晰な同級生と出会った。 豊富な語彙を有しそれを…

隠さない勇気

今日はブログは休み。 のつもりだった。 このブログを始めた当初は読者の「役にたつ」ことを伝えようとしていた。 自分を隠した「情報」提供のつもりだった。 しかし、「情報」は大概が流れ去り、残ったものも役に立たぬものばかり。 読む者の胸に深く沈潜し…

動悸では死なない

喘息が再発したので病院に行く。 前回と同じ吸入剤を処方してもらう。 ただし、あまり効果がなければ別の吸入剤に変更するとのこと。 その薬は効き目は強いのだが動悸が酷くて前回使用を中止してもらった。 この薬を吸入した夜、心臓のあたりが押さえられた…

大丈夫マイフレンド

最近、写真撮影はもっぱらスマホで一、二枚。 一眼レフカメラで撮影する意欲が湧いてこない。 self-insightを終えたら表現すべきものが内心にないようだ。 それにある団体の組織変更に伴う規約改正作業に多くの時間を取られている。 先日、拙ブログをお読み…

死者は悲しみを待ち続ける

母が死んで6ヶ月が経とうとして今日やっと遺言に基づく財産処分を行った。 これができるようになったのは、先日「物語を紡ぐ」をエントリーしたからだ。 それまでは、母に対する気持ちの整理ができなかった。 母との人生を振り返ると様々な感情が出てきた。…

水平線

蔵出し画像 大分県豊後高田市真玉海岸 夕日で有名な海岸 マテ貝を採っているのだろうか。 鳥が飛んで行く。 いつか夕日を撮りに来てみよう。

光差す

3年前の写真 この頃はだいたいこのような陰鬱なトーンが多かったし、それが好きだった。 今でも派手な色よりも好ましく感じる。 昨年秋になると 実に光が当たっている。ピントが合ってないのはご愛嬌。 いや、天候のせいで無理矢理こじつけていると言われる…

ユダとは誰か

ユダはイエスキリストを銀貨30枚で売り渡したイエスキリストの弟子、使徒である。 キリスト教世界に於いて彼の名は最も忌み嫌われている。 イエスから「生まれて来なければ良かった」と言われたほどである。 キリスト信者はどんなに悪くても自分はユダとは違…

あり得ないこと(復元修正版)

このエントリーは誤って削除したため記憶を頼りに復元した。 イエスの復活(最終回) 他人が死んでも私たち人間の本質は変わらない。そうではないと反論されるかもしれないが、どこまでも自己愛に囚われているのが人間なのだ。ごく親しい身内たとえば子供や配…

静かな語らい

1月6日 昼過ぎから年末に訪れた店で日本酒を飲む。 先客がお一人。 日本酒、過ごした土地の食べ物や風習を静かに語りあう。 ともに楽しい時間を過ごす。 三種の豆と寒天、酒粕がクリーミーで美味しい。 濁り酒がよく合う。 お餅が香ばしい。これまた美味しい…

土曜日の銀座界隈

銀座で買い物と言えば教文館で本を買うくらい。 本なら銀座であろうと他と値段は変わらないので安心して買える。 銀座を歩いていても10年前は中国語は聞こえてこなかった。 5、6年前から中国語が飛び交うようになったが身なりで日本人とは違うのが一見して分…

憶病者・裏切者

遠藤周作によれば聖書はイエスキリストについて書かれたものであるが、弟子たちすなわち12使徒について記されたものであるとも読める。 ユダはもちろんのこと第一の弟子であり初代ローマ教皇である教会の頭ペトロ以下全ての使徒はイエスが捕縛され十字架につ…

迎賓館

迎賓館にタイミング良く事前申し込みなくとも見学できた。 入館料1000円 内部撮影禁止

解体出来ないない事実

イエスの復活を証明する画像や動画はあり得ないし、聖書以外にイエスの復活について直接記した文献もない。まだそのような文献が仮にあったとしてもその証拠能力や証拠価値はいくらでも否定できる。したがってイエスの復活を物的証拠で証明することは非常に…

出会い

20年近く前、私は「やる気」が出ないことを悩んでいた。 大きな飛躍のチャンスを迎えると必ず「やる気」がなくなるのだ。 それは中学生の頃から続く問題であったがその時ほど深刻化してなかった。 やる気は自分でコントロールできない。自分の意志の及ばない…

委ねる

「私」が抑圧されると却って「私」が主張しようとする。 抑圧がなくなると「私」は主張を止め、やがて委ねようとする所まで行くかもしれない。 委ねることは自然な生き方であり幸せな道である。 問題は誰にあるいは何に委ねるか、である。

普通の生き方

最近、色々なことに拘りや意欲が無くなった。 しかし、無気力とも違う。 ギリギリの所を生きて行くという感じがしないのだ。 これまで相当無理していたのだろう。 二十代後半から三十代の頃に撮られた顔は神経が剥き出しになったようでどこか狂気を感じると…

新年おめでとうございます

昨年は拙文をお読み頂きありがとうございました。 本年は出来るだけ短い文章を心がけるつもりでおりますのでよろしくお願い致します。 真玉海岸にて。 長崎鼻にて。「光差す道」 長崎鼻にて。

12月31日

今年最後の記事は写真にしよう。 へ理屈と私事ばかりを綴った独白にお付き合い下さいましたことを心から感謝申し上げます。 皆様にとりまして来年が良い年となりますようお祈り致します。