自然なこころで生きる

たわいのない話

観た映画も人も

二日続けて映画館で映画を観た。

最初に見たのは招待券を頂いた「花戦さ」だった。

久しぶりの映画館で楽しみにしていたが、なんともつまらない作品だった。

主役の演技が過剰で、型に嵌って(H君の評)、内面から滲み出るものがない。

準主役の歌舞伎役者もまたしかり。さらに加えて彼には知性を感じることができない。

脚本もつまらない。史実をうまくまとめ最後に「感動」を加え一つのストーリーにしただけのような感じがする。

開始5分で出ようかと思ったが、あいにく両脇に人がいる席だったのと、せっかく頂いた招待券を無にするのが憚られたので最後まで我慢した。

感動がなく何も心に残るのがない。

これではあんまりと思い、もう一本観てみようと思った。

それで翌日、また夕方から小劇場で「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観た。

今度は役者の演技は過剰ではなく、何か感じるものがある。

しかし、2時間は長い。もう少しメリハリがないものか。

それに「こころ」の物語の面を出してもいいのではないかと思った。

もちろん、これは人の「こころ」を中心に置く立場からの感想なので一般的ではないと思う。

さらに、結末がなんとも・・・・。

なんともまとまりのない感想になった。

結局、観た映画も人もつまらなかったということになる。

 

 

 

 

与えられた「生」を歩む

Music:Johann Sebastian Bach

Piano:Sviatoslav Richter

The Well-Tempered Clavier, Book 1

この曲はグルダの演奏で聴いたことがあったが当時はあまり印象に残らなかった。

今回たまたまリヒテルの演奏を聴く機会があった。とても心地良い。映像の効果が大きいのかもしれない。

バッハは汲めども尽きせぬ音楽の泉のように思える。

だからなのか不協和音に慣れた耳にもバッハはとても現代的に感じられる。

天才陶芸家岡部嶺男はベートーベンの弦楽四重奏曲をよく聴いていたらしいが、私にはどこか遠く古臭い感じがして今ではほとんど聴くことがなくなった。

そういえば武満徹は病の床にあった最晩年、バッハのマタイ受難曲を聴いていたという。

しかし、マタイ受難曲はあまりに大掛かりすぎて聴き続けることができなかった。

静けさのある曲が好みだからかもしれない。

文章もまた静けさのあるものが好みだ。

山田晶先生が「トマス・アクィナス」(中央公論新社)に綴られた解説文「聖トマス・アクィナスと『神学大全』」は透徹した知性の持つ静けさとでも言うのだろうか、軽躁など微塵もない静けさと悲しみを感じる。

「生」の儚さを知り、真理に首を垂れ教えを請う人の綴る文章は静けさと透徹した悲しみがある。

だからと言って読後に心が打ち沈むのではない。

眦(まなじり)を決するのではなく、終わりのある与えられた「生」を真理に向かって淡々と歩み続けよう。

邪な欲に絡め取られた我が身であってもそんな清澄な気持ちになる。

 

 


Nostalghia(1983)/ Andrei Tarkovsky / BWV853

 

対立する家の二人

オペラもバレエも全く興味がないけれど、このプロコフィエフのバレエ「ロミオとジュリエット」だけは第1幕第1場第13曲「騎士達の踊り」に限って観ることがある。

もちろん観るのはYouTube

いくつかの動画を視聴していると全くの門外漢でも振り付けの違いなどがわかるようになり、また振り付けの好き嫌いも出てくる。

そのなかで好みなのが下の動画。

女性達がエレガントなところがとてもいい。

 


Prokofiev Romeo and Juliet -- Ball Scene (Macmillan)

 

なぜ「騎士達の踊り」に限って視聴するかというと、この時流れる曲に惹かれるからである。

この曲がバレエ組曲になると「ロミオとジュリエット」の第2番「モンターギュー家とキャピレット家」になる。この曲が好みだからなのである。

そこで、その動画を。

これはゲルギエフが手兵マリンスキー歌劇場管弦楽団を指揮している。

この人が指揮する同曲にはロンドン交響楽団(LSO)の動画があるが、出だしが短兵急で今ひとつ好きになれない。

このNHK音楽祭の動画はそれがなくてありがたい。

しかしカメラ回しのセンスは断然LSOの方が優れているように思う。

NHKのカメラ回しはなんだか硬く教科書的で面白くない。

ゲルギエフという当代一の人気と実力のある指揮者を映していれば問題がないとばかりに「音」にカメラを合わせていない。まるで公務員みたいで自由さがない。

同曲の動画としてはチョン・ミンフンが指揮するラジオフランス交響楽団の動画がとても良いと思う。

カメラ回しが素敵だ。

 


♪NHK音楽祭2007 プロコフィエフ:バレエ組曲「ロミオとジュリエット」 / ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団 2007.11.18

 


Prokofiev Romeo & Juliet Suite

 

しかし、純粋に音楽という面からはムランヴィンスキーが指揮するレニングラード交響楽団の演奏が最も好みである。

絹のような弦楽器、音量を上げても破綻しない管楽器、楽器の音が溶け込み一つとなっている。

それにこのムラヴィンスキーの顔がいい。

強靭な意志を感じる。なんでも許す柔らかな男ではない。

今の日本では好まれない男かもしれない。

同じ頃、まさに東西冷戦の最中、ムラヴィンスキーのいるソ連と対峙していた一方の雄アメリカに同じような男がいた。

当時最も優れた交響楽団と呼ばれたクリーブランド交響楽団を率いるジョージ・セルだ。

クリーブランド交響楽団が紡ぎ出す一つになった濁りのない音は同オーケストラをしてヨーロッパでジョージ・セル室内管弦楽団と言われたほどだ。

ジョージ・セルクリーブランド交響楽団は私の最も好きな指揮者と交響楽団だ。

硬くきっちりとして面白みがないように思えるがその奥にそうではないものを感じる。

一時の興奮ではなくずっと生き続ける音があるように感じる。

セルは苛烈で厳しく、非情さを持った男だ。

彼は当時二流だったクリーブランド交響楽団の指揮者を引き受けるに当たり楽団員の人事権を要求し容れられた。

人事権を手にするや彼は楽団員の大半を入れ替え徹底的にトレーニングしオーケストラを当代随一に変えたたのだ。

組織を統率する方法はいくつかあるだろうが、彼のようにしなければ組織を一つにまとめることができない場合もある。

オーケストラはまさにそうだ。

仕事は、特に人を率いる場合、どんなに柔らかな表情をしていてもそこに本質がある。

 

 


Prokofiev Suite No. 2 from Romeo and Juliet

 

さて、しばらく続けた「続・わたしの音楽小世界」を小休止しよう。

まだまだ紹介していない音楽、例えば演歌やクラシック音楽などあるが、それらを紹介し続けるとまるで音楽ブログになってしまう。

もとより私は音楽の素人で知識もないし楽器の演奏(ギター、ピアノ)にも才能のないことは十代の終わりに嫌という程思い知ったので、音楽について記事をアップするのは笑止千万かもしれない。

しかし、素人なりに曲を聴いて捉えた私の感想や感覚を記すならば素人であってもそう問題はないはずだ。

しかも、音楽の記事をアップするのはYouTubeの動画を貼り付ければ良いから造作ない。

ところが、それでは一体何のためにこのブログを更新しているのかさっぱり分からなくなる。

このブログは、自分の中ではいつしか読者となって下さった皆さんに向けられた便りと思うようになった。

特に幾度もコメントを寄せて下さった方々に対してはより一層その感が強い。

 

ならば、いつもYouTubeの動画を貼って終わりにするのはどうかと思う。

便りにふさわしい記事をアップすべきと思うが、問題はふさわしいものが浮かぶかだ。

何とかなる、かもしれないと思う。

 

ここでこれまで度々コメントを寄せて下さった方々に感謝申し上げたい。

初めて読者となって下さり電脳空間における最も古くからの友人キリンさん、

鋭い感性の畏友aeさん、

同じような「時代」を生きる友人ShougoMamaさん、

心の友アリさん。

皆さんには心から感謝しております。これからも宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

You Must Believe In Spring

陶芸家のH君はビル・エヴァンスの曲を聴きながらろくろを回しているという。

彼に小澤征爾が指揮するトロント交響楽団のCDを貸したことがあった。

武満徹の「ノーベンバー・ステップス」だ。

しかし、「ノーベンバー・ステップス」は曲に神経が集中するため曲を聴きながらろくろを回すことができなかったらしい。

 

今から10年ほど前、先日記事にアップしたマイルス・デイヴィスの「死刑台のエレベーター」を聴いて、遅まきながら私もジャズを少しだけ聴いた。

それがビル・エヴァンスのアルバム「Waltz for Debby」だった。

しかし、当時はクラシック音楽に興味があった私には今ひとつピンとこなかった。

そのためそれ以降ジャズを聴くことはなかった。

H君と旧交を温めるようになって再びビル・エヴァンスのアルバムを聴くようになった。

なるほど、これは作業の邪魔をしないし、とても良い音楽に思える。

薄く柔らかなベールをかけてくれるような気がする。

あるいは、川のせせらぎのような感じだ。

それにビル・エヴァンスはとても上手なピアニストだ。

彼のピアノは基礎がしっかりしていて音が粗雑にならない、その上に知的だ。

 

この「You Must Believe In Spring」はH君のお薦めのアルバムだ。

冒頭の曲の出だしがとても好みなのでビル・エヴァンスのアルバムの中で聴く頻度が最も高い。

 


Bill Evans - You Must Believe In Spring(1977)

 

 

 

夕暮れに聴いたCD

死刑台のエレベーターは友人の旧宅に集まって聴いた。

集まったのは、家の持ち主である会社経営者Oさん、数学者のAさんと私の三人。

Oさんはジャズファン、 Aさんはクラシックファンだった。

OさんのCDコレクションの中からあれこれ聴いて批評しあった。

昼過ぎから聴き始めて最後のCDを聴く頃は陽が落ちようとしていた。

それがマイルス・デイヴィスのアルバム「死刑台のエレベーター」だった。

私たち三人は一言も喋らず、じっとスピーカーから流れるメロディーに耳を傾けていた。

曲が終わると「死の淵に引き寄せられているようで恐ろしかった」と皆同じ感想を述べた。

 

 


「死刑台のエレベーター」 マイルス・ディビス・クインテット

 

アルバムはこれ


Miles Davis - Ascenseur pour l'échafaud - Lift to the Gallows (Full Album)

 

 

 

 

博多っ子純情

チューリップと言えば私の中ではこの曲が一番。

ヴォーカルの姫野君(年長者なのに申し訳ない)の声が頼りなげでとてもこの歌に合っている。

バックコーラスもビートルズのそれのようでとても好きだ。

低音をエレキベースとピアノで交互に担っている。それがコーラスとともにこの曲に深みを与えている。

改めてこの曲を聴き直してみると結構面白いアレンジをしているのに気付いた。 

 


博多っこ純情

ほしかつのギターはいい

星勝のギターがいい。

彼のアレンジも素晴らしい。

今聴いても古くない、と思う。

鈴木ヒロミツのヴォーカルは幾つも難点があるが彼の声はこの曲にあっている。

終盤のベースもとても好きだ。

しかし、やっぱり星勝だ。

星勝吉田拓郎の曲をロックに変える。

日本のロックを全く知らなかった頃、既に社会人になっていた従兄から星勝のことを教えてもらった。

「ほしかつのギターがいい」

 

 

ライブの映像があったのだが削除されてしまったので止むを得ずこの動画をアップした。

それにしても全く曲にそぐわぬ写真が情けなくなる。

 


たどりついたらいつも雨降り  ザ.モップスLIVE

 

オリジナル曲はこれ。

これはこれでやはり素晴らしい。

吉田拓郎のヴォーカルは素敵だ。

天性の歌声の持ち主だ。

この曲のアレンジもいい。


たどり着いたらいつも雨降り 吉田拓郎



最後に日本のロックをもう一曲。

鈴木ヒロミツジョン・レノンに似ているなあ(少し太めであるが)。


THE MOPS - 永久運動(Perpetual Motion)