自然なこころで生きる

たわいのない話

千駄木から上野に

2時半過ぎに千駄木のお店に入る。先客が一人。程なく二人入店。最終的には十二人。この店ではこれ以上は無理だろう。

お馴染みさんはお二方だけであとは皆さん初対面。

 

先に食べたお客さんが後から来られた方に自分の食べた和菓子を説明して勧める。小さな店の中はさながらプレゼーション合戦となる。店主のTさんがそれぞれの和菓子に合うように選んだ日本酒が美味しい。日本酒のプレゼーションも始まる。飲んでない方に自分のお酒を一口いかがですかと勧める。美味しい。その言葉を嬉しく思う。

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自分がお勧めした和菓子が選ばれると我が事のように同じものを食べた方と喜ぶ。そして他の方が勧めた和菓子を自分もお願いする。

 

店内は静かな笑いに包まれる。皆さん中々腰を上げない。どら焼きを購入するために来店された方もそのまま席に着き最後までいらっしゃる。

Tさんから、皆さん劇団員みたいですね、と言われる。

次の予定があるので後髪を引かれながらお暇する。

では、次の「ライブ」でお会いしましょうと挨拶をする。

 

坂を下り上野の国立博物館に徒歩で向かう。

茶の湯展を見に行く。

感想は後日。

静かな時を過ごせたら

当地の春は終わり、すでに夏が来たかのようだ。

春は短く、秋もすぐに通り過ぎる。

年々、四季を堪能することが難しくなったように感じる。

子供頃は夏が大好きだった。

歳をとるにつけ夏が苦手になった。

炎天下、重いカメラを抱え歩くことは苦行以外の何物でもない。

暑くなると写真撮影をしなくなる。

夏は写真とは無縁の季節だ。

 

最近は仕事がきついので夜は10時前には寝てしまう。

今朝は早起きして庭に出たら涼しい。

好機とばかりカメラを持ち出し写真撮影。

 

このカメラとレンズはなんとなく使い勝手がよくない。

そのため、このカメラで撮った写真は気に入らないことが多い。

一言で言えば私が下手だということなのだけど。

今朝は下手なりに少し納得した。

(右端に花弁が写っているのはこの際、目を瞑るとする。)

 

さて、皆さんはGWはどこかお出かけになるのだろうか。

私は、また上京して、いつもお店で和菓子を肴に日本酒を飲む予定。

それは後日記事にしてアップできたらと思う。

後の予定はなし。

 

謙虚で自分を飾らない人は静けさを感じる。

そんな人との語らいもまた静けさがある。

そういう時を過ごせたらと思う。

ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌 アルボ・ペルト2

昨日は幼馴染の紹介で陶芸家が開いている日本酒の店で5時間も飲んだ。

おかげで二日酔い。

そのため短い記事で失礼。

 

 

K神父さんから勧められたのは「ベルリンミサ曲」だったが、長いので「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」をどうぞ。

記憶は悲しみの波となって押し寄せ、悲しみは痛みとなる。

この曲はそんな風に聴こえてくる。

 


Arvo Pärt - Cantus in Memory of Benjamin Britten - Datenverarbeiter Video

 

 

アルボ・ペルト1

アルボ・ペルトはエストニアの作曲家で数多くの正教会典礼曲を作曲している。

彼の名を初めて聞いたのは旧カルメル会の大分修道院の応接室だった。

教えてくれたのは引退し療養中のK神父だった。

K神父は大阪のご出身で大阪教区の人だった。訳あって何年か前に大分教区に移籍されていた。

詩人で画家だった。

そして学者でもあった。ギリシア語に堪能で新プラトン主義について深い学識をお持ちだった。

しかし、何より彼は芸術家で神秘家であった。

鋭い直感をお持ちだった。

柔和な笑顔は嘘を嫌い、世俗的な価値に重きを置いてなかった。

 

(「時の間にー永遠

 聖エディト・シュタインに献げる12の詩」川崎景敏神父より)

 

神父さんと話をするようになったきっかけは受洗後初めての「告解」をしてからだった。

カトリック教会は信者が罪を告解すると司祭は赦しを与えてくれる。

しかし、K神父は私には赦しを与えてくれなかった。

当然だった。

私は、告解室の中で神父さんと罪、悪の実在、神の沈黙を巡って激論を交わした。

その後から神父さんは私に声をかけて下さるようになった。

立派な装丁の詩集と画集を頂くようになった。

 

K神父さんが療養のため引退された後、ヴィクトール・フランクルの実存心理学のお話を伺うためご機嫌伺いを兼ね旧修道院を訪ねた。

私の訪問を大変喜んでくださった。

早速、実存心理学について伺うと、ほとんど興味を示さず、ご自分の来し方を話し始められた。

物心のつき始めた頃に始まり、学校のこと、戦時中に潜水艦勤務を命じられたこと、就職して婚約したこと、洗礼を受け婚約を解消したこと、ご家族のこと、仕事を辞め司祭の道を歩み始めたことなどを3時間近くお話しされた。

その中には決して他人に話してはならない事柄も含まれていた。

 

もはや人生は振り返るしかないようだった。

神父さんの時の流れは次第に速度を落とし止まろうとしていた。

私は、黙って耳を傾けるしかなかった。

 

 

お疲れになったご様子で、「あなたの話を何も聞かず申し訳ないが、今日はこれで終わりにしてください。」とおっしゃった。

最後にメモ紙に何か記され、「これを聞いて聴いてみてください。とても優れた作曲家です。」と言ってメモ紙を渡された。

そこには、アルボ・ペルト、エストニア、ベルリンミサ曲と記されていた。

 

帰宅して、妻に「K神父さんは長くないだろう。半年持つかどうかと思う。」と話した。

一月後、微笑むような寝顔でK神父さんは帰天された。

 

 

 

 

(「時の間に〜永遠

  聖エディト・シュタインン 主隊に献げる12の詩」川崎影敏神父より)

 

アルボ・ペルトの曲は後日紹介します。

 

 

反動の量子力学-ソコロフの演奏でラモーのクラブサン曲集

 ストレスの多った一週間の反動なのか、量子力学の本を読み始めた。

もちろん、物理学なので本来は数式だらけなのだろうが、できるだけ数式の少ない本を選んだ。

そうであってもたまに数式が出てくる。ボンクラの文系の頭でしかも基礎学力を欠いているので数式が出てくるとお手上げ。

そこはロジックよりもレトリックを多用する文系故に数式もレトリックと考えれば読めなくもない。(全くもって本質的に間違った読み方であることは重々承知だが。)

量子力学を学ぶことで新たな世界観を持てればと思う。

それ以前に、読み続けることができるかが問題。

宗教の教説や何がしかの思想と違い自然科学は人間を窮屈にしないような気がする。

明快さと予測可能性があるからなのだろう。

この点で量子力学は少し違うらしい。(ここまでしか理解できてないのでご容赦を。)

 

 

 

私の最も好きなピアニストの一人であるソコロフの演奏で、ラモーのクラブサン曲集。

量子力学は理解できなくともこの演奏が素晴らしいとは理解できる。

 


Sokolov - Rameau: Suite in D (Bolzano, 30th August 2012)

新緑が眩しい

体調のことでコメントを頂き有難うございました。

体調を壊した上仕事も忙しかったのですが、みなさんのコメントに励まされどうにか乗り切ることができました。

ようやく体調が良くなり仕事の後、少しだけ写真撮影した。

桜の季節は終わり、新緑が眩しい季節になっていた。

 

 

 

結婚式用の写真撮影が行われていた。

ウエディングドレスの方が奥にいらっしゃる。

手前の数人の女性は東南アジア系の方々でウエディングドレスの方とは全く無関係。

帰ろうとしたらもう一組のカップルの撮影。

遠くに見えるのは別府。

 

今日はこの辺でお許しください。