自然なこころで生きる

たわいのない話

第三回本の会を振り返って

読書会(本の会)はどうにか軌道に乗りつつあるのではないか。

参加人数は8人くらいが適切と思ったが、昨日のように10人でも問題は無いと思えた。

それでも一人一人が満足できる発言時間を確保するため15人が限界であろう。

 

僅か二回の経験であるが、参加者はみんな自分の意見を発表したいと思っていると強く感じた。

意見という形の自己表現を欲しているようだ。

そして肝要なのは自分の意見が尊重されることが担保されることのように思う。

別な言い方をすれば自分の意見が一笑に付されないこと。

つまり、発言者個人の人格が尊重されること。

自己満足で高慢な思いかもしれないが、この本の会はそのような場になっていると思う。

どんなに短いコメントであっても流さない。その意見をもとに話を進めていくようにしている。

各人が満足できるだけの発言を行えるように配慮しているつもりであるが、そうするとどうしても人によって発言時間の差が出る。

今後の課題をそれをどう調整するかだと思っている。

一つの手段として司会役の発問の仕方を工夫するということが考えられる。

カエサルポンペイウスにしたような形式だ。(そうなると、司会役がカエサルでないことが最大のネックになるが)

いずれにせよこの会が安定軌道に乗るためには世話人の二人は気を抜けないし、安定軌道に乗れば中だるみにならないように配慮しなければならない。

 

司会進行役としてありがたいと痛感したのは湯布院という土地である。

湯布院は転入者が多い土地であり、転入者が町の様々なイベントの主体となって活動している。

しかも、ある方の表現によれば失敗者を受け入れる土地である。

観光客や転入者が多くて他所者に冷たくない土地である。

先日の「本の会」の参加者10人のうち8人が湯布院在住で5人が転入者だった。

他所者が会を仕切れば反発されるのが一般的であろうが、ここは違うように感じる。

安心して司会進行ができる。

ただ、湯布院は寒い。

そのせいか、日曜日は体調を壊してミサにも行けず一日中臥せっていた。

横になり無教会の内村鑑三や高橋三郎の本を読んでいた。

 

 

 

 

 

 

本の会ー映画鑑賞

12月8日つまり今日の午後2時から本の会ー映画鑑賞会が庄屋サロンで行われた。

鑑賞したのは溝口健二監督の雨月物語

参加者は10人。

全員が意見を述べ合う楽しい集いになった。

皆さん作品を褒めたり心惹かれた点を話すのかと思ったら豈図らんやリアリティの無さを指摘した。

今回はT神父さんも参加され、前回も参加されたM僧侶と二人の宗教家がいた。

もちろん和やかな雰囲気であった。

次回は一月にイシグロカズオ氏の映画、日の名残りを鑑賞する。

その前に同名の小説を読まねばならない。

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古い腕時計

 

腕時計の調子がおかしい。

遅れたり進んだりする。

この時計は妻の海外旅行のお土産で20年ほど使い続けてきた。

クオーツ時計なので寿命と思うが、妻のプレゼントであるし重さを気にしなければ気に入っているので修理してもらえる店を探してみてもらった。

案の定、中の回路が傷んでいる。

修理値段は三万円ほどかかるらしい。

 

店主は元々アンティーク時計のコレクターで好きが高じて時計修理を始めたと言う。

そんなこともありアンティーク時計を勧められた。

オーバーホール済みのアンティーク時計を見せてくれた。

もちろん機械式の時計だが今の機械式時計のように大きく分厚くない。したがって重くもない。

落ち着いたデザインで新品のような派手な輝きがなくて好ましい。

値段も新品に比べたら安いしコレクターの需要があるのでさほど値段も下がらずに転売できるらしい。

いいこと尽くめじゃないかと思ったが一番安く済むのは修理であることは間違いない。

それに、取り扱いに注意を要すること、正確性に難があること、三年に一度数万円かけたメンテナンスが必要なことなど考えたらいいこと尽くめではない。

そこでやっぱり修理を依頼した。それが一番安く済む。

何と言っても妻からの贈り物なのだから使い続けるのが最も正しい。

 

 

 

 

 

 

身を呈して

Tさんの3歳になる子供さんは生まれた時から重い病気を患っています。その原因は3年前にTさん一家が正月に実家に帰省した際に生じたのではないかとTさん一家と親族は考えているようです。少なくともTさんの奥さんとそのお父さんはそう確信しています。

 

Tさんの実家に帰省した時、奥さんは妊娠していました。

Tさんとそのご両親が気が進まない奥さんを誘って初詣に行きました。

初詣から帰宅すると奥さんは体調を崩し早産しました。

生まれた子供さんに重い病気があることが分かりました。

それから、Tさんと奥さんとの関係がギクシャクし始めました。

そこに奥さんのお父さんが関わってきました。

奥さんのお父さんは生まれた子供の発症の原因がTさんとそのご両親にあるとTさんを責め立てました。

さらに、奥さんのお父さんはTさん夫妻を離婚させようとしました。Tさんの職場にもTさんを誹謗する文書を送りつけたこともありました。

幸いTさんの勤務態度が真面目だったためその文書は勤務評価に影響しませんでした。むしろ上司が心配してTさんに弁護士と病院を紹介してくれました。

奥さんはお父さんに自分たち夫婦の問題に関わってこないように最初の頃は言ってましたが、やがて奥さんは実家に帰ってしまいました。

 

これまでは、夫婦の問題に関してはTさん夫婦vsお父さん、子供の病気に関してはTさんvs奥さん+お父さんという関係でしたが、その頃は夫婦の問題に関してもTさんvs奥さん+お父さんという構図に変化し始めました。そして、奥さんの精神面に変化が生じてきました。

 

Tさんの努力の結果、奥さんは実家から戻りましたが、しばらくすると奥さんは入院することになりました。うつ病と診断されました。

入院中の精神科医との面談等によって奥さんは Tさん一家の問題はお父さんとの関係が影響しているのではないかと思うようになりました。

これまでのことを振り返ってみると成人男性と話すのが苦手で、思うように話せないことを思い出しました。

どうやらそれはお父さんとの関係から来ているのではないかとと気付き始めました。

 

両家を巻き込んだTさん一家の問題の中心はもちろん子供さんの病気です。

しかし、真の問題は奥さんとお父さんの関係にあると思います。

Tさんの話を聞いていると奥さんとお父さんは親子の分離ができていないようです。

父と娘は共依存の関係にあります。

この共依存関係を破壊する契機となったのが子供さんの病気です。

子供さんの病気は、最初に親族間の問題を起こし、次に夫婦間に問題を起こしました。

しかし、それらの問題の背後には常に父と娘の共依存がありました。

次々に争いが生起し問題が移行した結果、父と娘の共依存が明らかになって来たのでした。

そのことに気付いたのは娘である奥さんでした。

今、奥さんは共依存から脱しようとしています。

それをお父さんは必死で(おそらく無意識のうちに)阻止しようとしているのでしょう。

時間はかかるでしょうが、奥さんに対する愛がTさんに有る限り奥さんはお父さんへの依存を解消していくと思います。

一人の「自立」した人間性を確立した時、Tさん夫婦は真の意味で夫婦になると思います。

そしてお父さんもそうなればと願わずにいられません。

 

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あなたは貧しくなるほど私に全てを与えてくれた

12月8日(金曜日)午後2時から庄屋サロンで溝口健二監督「雨月物語」の映画を見る会が行われる。

これは読書会の派生版映画編というべきものとなる。

将来的には映画編、仕舞編、音楽編など読書会から派生したものができないだろうかと夢想している。

この庄屋サロンは仄聞するところによると近い将来文字通り会員制サロンになるらしい。

 

(亀の井別荘 鍵屋 骨董展示室)

 

先日の研修会で家族問題についてワークショップが行われた。

参加者には地元経済界の重鎮などもおられた。

参加者がそれぞれの家族の抱える問題について現代社会を基礎付ける思想と関係つけながら語るというものだった。

とはいうもののそんな難しい話を即座にできるわけでなし、みんなそれぞれの家族に起きた事実を話していた。

最後にそれまで全く発言しなかった私も促されたので、仕方なくこの10年ほどの話をした。

話始めると十人足らずの参加者の皆さんが俯き始めた。

唸る人もいた。

私の経験があまりにも重すぎたからだろう。

ワークショップを終えると皆さんが私に話しかけてきた。

いつも人を笑わせてばかりいる姿からは想像できない体験談だったようだ。

 

帰宅して妻にそのことを話すと「10年限定にしたのね。生まれてからの話をしたらきっと信じないわね。」と笑っていた。

15歳で妻と出会った時に生涯の同志と直感した。それから10年後息子が生まれた。

三人になって私たちは戦ってきた。

相手は特定の人間ではなく、また運命というような言葉では到底表現できないもっと大きなものを相手に必死にそれぞれが持ち場で戦ってきたような感じがする。

別な表現をすれば母を加えた四人で小さなボートのオールを必死に漕いできたようだ。

行先も知らずに。

 

やがてこのボートから息子が降りて新しいボートに彼の伴侶とともに漕ぎ出していくのだろう。

このボロボロになった小さなボートに乗るのは美少女から随分歳を取った女性と白髪混じりの私だけになるのだろう。

 

私と彼女は、二人から一人の人間になった。

長い戦いの経験は二人を分かち難くしたように思える。

 

ワークショップで私は「私は今とても幸せです。」と切り出してこれまでの体験を話した。

 

 

 

 

青頭巾の顛末ー読書会報告

参加者は10人、ほとんど初対面の方ばかりだった。私以外は皆さん知り合いのようだった。

司会進行した2時間はあっという間だった。

完全無農薬で葡萄栽培をなさっているご夫妻、浄土真宗の僧侶、亀の井別荘のオーナー夫妻など様々な職種、三十代から八十代までの年齢層の10人がこの空間と時間を共有する喜びを得ることができた。

それは何よりも参加した皆さんのおかげであった。

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熱心に事前準備なさっている方もいらっしゃれば初めての方もいらっしゃった。初めての方もMさんのレジュメと解説によって難なく雨月物語の世界に入っていけたようだ。

疑問や感想、関連する事柄など発言が途切れることはなかった。

話は雨月物語の世界から能、映画、文学、農業、日本文化と西洋文化、アメリカとヨーロッパの違いさらには歌舞伎役者の肉体表現まで拡がり時間がいくらあっても足りなかった。

途中で元助監督だった中谷氏の黒澤明溝口健二などの演出の違いなど他では伺えない話などもあり、次回は溝口健二監督の雨月物語の映画鑑賞会を行うことにした。

有難いことに会場となった庄屋サロンには映画鑑賞するためにプロジェクターが設置されている。

開催は来月。映画鑑賞の後はお酒を飲みながら団欒の予定。

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会を終えると若い参加者から「完全アウェイなのに溶け込んでいましたね」と言われた。

しかし、やっぱり完全アウェイで司会進行するのは疲れた。帰宅は遅い時間になった。

会の成功に妻はあまり興味を示さなかった。

「上手く行くに決まってるじゃない。何も心配してなかったわ。次回は交通費がでるのよね。」と言ってケンタッキーフライドチキンを勧めてくれた。

休日は自然食の店に行こう。

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元絶対君主の嘆き

一泊研修会が思いの外早く終了してので、自然食品の店まで卵を買いに行った。

あいにく売り切れだったが、遠くからわざわざ買いに来てくれたのに申し訳ないとオーナーが店の調理用に取って置いた卵を分けてくれた。

オーナーから卵や肉、野菜などがいかにひどい環境で生産されているかを聞いた。

 

帰宅して先月と先々月のガソリン代と高速道路代の話になった。

ずいぶん高額になるらしい。

経営コンサルタント会社を共同経営していた時はガソリン代など気にもしなかったが今はそういう訳には行かない。

そこで、妻から

「次回の読書会はこっちであるのよね?もしまた湯布院であるならやめたほうが良いと思う。もともと遊びでしょ?他の人たちは何らかの商売や仕事上のつながりやメリットがあるけどあなたにはそれがない。にもかかわらずわざわざ湯布院まで行ってする必要があるのかしら?」

そこで絶対君主であった私は威厳を持って彼女にこう伝えた。

「あっ、16日は車を使わずにJRを使う予定だ。そのほうが安く上がるから。」

妻は私の威厳にひれ伏しこう言うのがやっとだった。

「次回の開催がこちらでなければ手を引くのよね」

再び私は厳かにこう宣下した。

「もちろん」

 

いやはや本番直前にこれではやる気も何処かに行ってしまいますわ。

しかし、私は「仰せの如く我になれかし」と妻に首を垂れます。

家庭に平和があるために。

 

あの絶対君主だった時代はいつだったのだろうか。

子供が生まれる前のほんの短い期間だった。

それとてどうだったか。

人は見たいようにしか見れない。