自然なこころで生きる

たわいのない話

車の情報収集

五月の連休に写真撮影して以来カメラは携行するも全く撮影せずに三ヶ月経過していた。

一昨日久しぶりに撮影した。

写真を確認すると酷い。

それに以前ほど撮影してもワクワクしない。

ネットでカメラ情報を毎日チェックすることもなくなった。

代わりに、車の情報をチェックしている。

初めての車は義父のお下がりであるダイハツの軽、次にマツダのファミリア、大阪にいた頃はゴルフ。

ゴルフは初めてのディーゼル車だったが馬力がなくレスポンスが悪いしうるさい。更にエアコンが度々故障し閉口した。

外車に懲りたので故障がなくハンドリングの面白そうな国産車が一番と思うようになった。

そこで選んだのが日産の初代プリメーラ。これは運転が楽しかった。6年経った頃、故障が頻発したのでホンダのアコードに買い替えた。このvtecエンジンは気持ちよく吹上り前車と異なる楽しさがあった。

アコードは12万キロを超えた頃に妻が前のバンパーをぶつけて大きく凹ませたのでこれ幸いとトヨタマークXに買い替えた。

初めてトヨタ車を購入した。

事勿れ主義、長いものに巻かれるのが苦手だったのにもかかわらずその典型であるトヨタの車を買うことになるとはと苦笑いした。

しかし、トヨタ車は内装が豪華に見えるのに驚いた。

サービスは良いし、国交省に届け出ず定期点検時に修理してくれる大人の対応に感心した。

運転していると突然パワステが効かなくなりハンドルが異常に重くて車線変更すら困難になることがあった。

セールスマンはよく教育されて感心した。

なるほどトヨタ車が売れるはずだと納得した。

しかし、そに頃のトヨタ車は品質的に疑問を感じた。

奥田氏が社長の時代で1000万台の生産を目指していた。

生産台数を上げることに注力し品質が等閑にされているように感じた。

部品の精度が粗く小さな不具合が生じていた。

維持費を除けば車の性能自体に不満はなかった。

ハイオク仕様だったのでガソリン代がとんでもなかった。

それに、あちこち打つけるようになり、ちょくちょく修理する。

燃料代も含め全て自分のせいであるが、その度に愛着が薄れていく。

それで購入して10年、走行距離も11万キロを超えていたこともあり買い替えた。

 

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客寄せ

お客さんのいない店に入ってしばらくするとお客さんが増えている。先日もお客さんが一人しかいないケーキ屋に入ってショーケースを覗いていると次々にお客さんが入り店内は満員になった。

入店を諦める人もいた。

昔、懇意にしていたホテル経営者は客の入りが少ない日には必ず電話を掛けてきた。五分も経たないうち電話を掛けていられないくらいに来客があるのが常だった。

デパートのテナントに行くとその店だけお客さんが多い。いつもお客さんが多いですねと言うと、私が来るとお客さんが多くなると言う。

商店街をブラブラしお店を覗くと次第にお客さんが増えてくる。

だいたい、こんな感じだ。

 

昨日は息子といつもの高原までドライブした。

甘いものが食べたくなり四時過ぎに高原の店に入った。

古民家を移築したとても趣のある広い店内は冷房なしで涼しい。

お客は私たちだけ。

テーブルの上に皿に茹でたトウモロコシが置いてある。一個百円のトウモロコシを食べながら注文した甘味を待っていると次々に来客がある。

その前に立ち寄った店でもそうだった。

そのことに息子が驚いた。

客寄せなのだろう。

先のホテル経営者は福の神と呼んでいた。

福はもらうが、その逆はなかった。

福の神かどうか知らないが私自身にお金という福はないと言うと、福の神は他人に福をもたらすだけだからそれでいいのだと言う。

欲の皮ばかり突っ張っている人なので自然と付き合わなくなった。

資産家だったが、心はそうではなかった。

彼は心の碇を自分の欲に下ろしていた。

どこまでも自分のことだけだった。

自分自身に自分の碇を下ろすという矛盾に気付いてなかった。

これではどこまで行っても安定することなく漂い続けていく、存在の不安から逃れることが出来ない。

日本でも屈指の名門大学の卒業生だったが、本当の意味で賢くなかったのかも知れない。

 

昔、Y神父さんは自分のものを惜しみなく人に与えなさい、そうすれば与えた以上のものを得ると教えて下さった。身の回りを見ると何が増えたのだろうと考えてしまう。

 

 

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「人生は素晴らしい」と言えるために

私のような場合、怒りを表し、相手の謝罪を得て初めて心の平穏を取り戻すと考えるのが心理学であろう。

しかし私のように相手が既に死んでいる場合それは不可能であるのでおよそ心の平穏を得ることができないことになる。

 

先日入院した際、医師は、出血の跡を見つけることはできなかったが、原因は大腸の憩室からの出血であろうと診断した。

数多くあることから考えると、憩室は子供の頃から形成されたのではないかと話された。

「子供の頃から」という言葉を聞いて、私と妻は同時に納得した。

しかし把握の仕方が少し異なっていた。

妻は心理学的に把握した。

怒りの表現と相手の謝罪が必要だと。

私も当初は同じように把握した。

しかし、しばらくすると長い冒険の旅から満身創痍で故郷に帰還したような感じがした。

なんとも言えない達成感があった。

大きな仕事を終えた満足感かもしれない。

それは母の望みを叶えるという事柄の性質上私しかできない仕事であった。

その仕事を子供の頃から心身を傷つけながら果たしたのだ。

笑われるかもしれないが、自分に「よく頑張って来たなあ」と褒めて慈しみたくなった。

 

進学、仕事等々母は自分の思い通りにすべく様々な「妨害」をした。

その意味では、幼馴染のS君が言うように「お母さんはお前の人生を滅茶苦茶にした」。

しかし、そうであっても何の悔いも感じなくなった。

満ち足りた半生だったと思えた。

 

人生は素晴らしい。

 

しかし、このため妻子にさせなくてもいい苦労、それも耐え難いほどの苦労をさせた。

心から彼らに申し訳ないと思う。そのことについては悔やんでも悔やみきれないし責任を痛感している。

親子の問題は三代に亘って初めて解決するとの考え(斉藤学氏)を妻はよく口にする。

今の息子を見ているとようやく解決したと。

しかし、そうであっても私の責任は消えない。

私はこれから償いきれない責任を果たす義務がある。

彼らが人生は素晴らしいと思えるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰のものではない

11日は母の一周忌に当たる。

母は叔母や従兄からキチガイと陰で呼ばれていた。

学校の成績はずっとトップだったが、そう呼ばれることも宜なるかなと思えた。

おそらく彼女は自閉症スペクトラム発達障害だった。

彼女と話すと世界が度々歪んでいるように感じた。一度認識した事柄はそれが間違いであると事実を示し理を尽くして説明してもほとんどその認識を変えることはなかった。 

思考の基盤は自分が快かどうかだった。しかし、大きな快の為に目の前の小さな不快を受け入れるだけの計算はできていた。

常に不安を抱え予測不能なことを極度に嫌い、定型的なことが得意だった。定型的なことを好まず予測不能なことに心踊る私とは正反対だった。

彼女の人生の目的は私と同居し老後の世話を任せることだった。

そのために巧妙な飴と鞭を使った。

思い返すと不安が少ない時は私を褒め、不安が増すと徹底的に罵倒し時には折檻し自らの不安を解消した。

あたかも私は母の所有物ようであり、言わば好き放題に扱われた。

見兼ねた叔父叔母が諌めると、自分の子供なので口出しするなと言い返していた。

そう言われると叔父叔母は口を噤んだ。反論すれば母がどうするのか分かっていたのだ。

私の体力、知力が彼女を上回るようになるとさすがに暴力を用いる事は無くなったが自分のコントロール下に置くため罵倒は激しくなった。

それが功を奏しないと見るや度々自殺すると言うようになった。時には出刃包丁を私に握らせ殺せと迫った。

その様は、まさに狂人だった。

必ず自分が悪人ならないように私のせいにする計算が働いていた。自殺はわたしのせいであり、私に殺させようとした。

それらは私をコントロールする為であり死ぬつもりがないことが段々分かった。

 

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退院報告

本日8日に退院しました。

尾籠な話で申し訳ありませんが下血のため検査入院していました。

下血がかなりの量(1リットル超)だったので貧血による転倒防止のため歩行を禁止されました。

検査しても明確な原因は不明でした。

しかし、医師から暗示されたある事は遠因として思い当たりました。

この事は記事にするかもしれません。

 

今朝まで三日間、絶食していました。

その間は食べ物のことばかり考えていました。

僅かな時間、読書しただけでした。

本能の虜です。

ところが、退院して食事に行きましたがあまり食べることができませんでした。

夕食は少しのうどんと桃にしました。

身体の準備が未だだったようです。

私の知性は肉体に従うことを認識させられました。

 

ブックマークで励ましの言葉を下さったキリンさん、ShougoMamaさん、aeさん、nekoyan2016さんに心から御礼申し上げます。とても嬉しく心強く思いました。

 

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予めのお詫び

入院することになりました。

つきましては読者登録しております方の記事にスターマークすることが出来ないかもしれません。

悪しからず。

 

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旅のあれこれ

7月末から旅に出てました。

いつもと同じように目的のある旅ではなく、ただ街を歩き、気に入った美術工芸品を見、出会った方と僅かな言葉を交わす。

来し方を思い、眼の前を行き交う人や事物、周りから聞こえてくる人々の声を基に思いを巡らす、そんな旅です。

 

最初の2日は、六個1080円で売っていた福島の桃が朝食でした。後の3日はホテルの朝食でした。

一度だけ贅沢なランチを食べました。ちょうど開店二周年を迎えた若いシェフの作るフレンチです。

繊細でオシャレな料理でした。

現代的なフレンチも悪くないと思いました。

 

 

旅の後半はホテルで主に読書をしていました。

加賀乙彦氏の「悪魔のささやき」、ヘンリー・デビット・ソロー「ウォールデン 森の生活 下」、鈴木大拙「日本的霊性」、マーク・トウェイン「王子と乞食」を丸善で購入しホテルに持ち込みました。

「森の生活」は上巻を、マーク・トウェインは「不思議な少年」を購入したつもりでしたが、其々間違えて購入しました。

「森の生活」は下巻から読んでも差し支えないようでした。私が購入したのは岩波文庫ですが、原文がそうなのか落ち着いた文体で読みやすかったです。

「王子と乞食」は子供の頃に読みました。再読してみると大人が読んでも面白く感じます。

 

「悪魔のささやき」はすぐに読み終えました。先の事情のため主に「日本的霊性」を読みましたが読了まで至りませんでした。

チェックアウトして随分時間が経った後、読みかけの「日本的霊性」をホテルに置き忘れたことに気付きました。

霊性とは無縁なのかしら。

 

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 チェックアウトした日の朝。

 

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 こじんまりとしたラウンジ。人も多くなく静かでした。

 

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 カクテルをお願いしました。白ワインベースです。名前は失念しました。