自然なこころで生きる

たわいのない話

青頭巾の顛末ー読書会報告

参加者は10人、ほとんど初対面の方ばかりだった。私以外は皆さん知り合いのようだった。

司会進行した2時間はあっという間だった。

完全無農薬で葡萄栽培をなさっているご夫妻、浄土真宗の僧侶、亀の井別荘のオーナー夫妻など様々な職種、三十代から八十代までの年齢層の10人がこの空間と時間を共有する喜びを得ることができた。

それは何よりも参加した皆さんのおかげであった。

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熱心に事前準備なさっている方もいらっしゃれば初めての方もいらっしゃった。初めての方もMさんのレジュメと解説によって難なく雨月物語の世界に入っていけたようだ。

疑問や感想、関連する事柄など発言が途切れることはなかった。

話は雨月物語の世界から能、映画、文学、農業、日本文化と西洋文化、アメリカとヨーロッパの違いさらには歌舞伎役者の肉体表現まで拡がり時間がいくらあっても足りなかった。

途中で元助監督だった中谷氏の黒澤明溝口健二などの演出の違いなど他では伺えない話などもあり、次回は溝口健二監督の雨月物語の映画鑑賞会を行うことにした。

有難いことに会場となった庄屋サロンには映画鑑賞するためにプロジェクターが設置されている。

開催は来月。映画鑑賞の後はお酒を飲みながら団欒の予定。

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会を終えると若い参加者から「完全アウェイなのに溶け込んでいましたね」と言われた。

しかし、やっぱり完全アウェイで司会進行するのは疲れた。帰宅は遅い時間になった。

会の成功に妻はあまり興味を示さなかった。

「上手く行くに決まってるじゃない。何も心配してなかったわ。次回は交通費がでるのよね。」と言ってケンタッキーフライドチキンを勧めてくれた。

休日は自然食の店に行こう。

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元絶対君主の嘆き

一泊研修会が思いの外早く終了してので、自然食品の店まで卵を買いに行った。

あいにく売り切れだったが、遠くからわざわざ買いに来てくれたのに申し訳ないとオーナーが店の調理用に取って置いた卵を分けてくれた。

オーナーから卵や肉、野菜などがいかにひどい環境で生産されているかを聞いた。

 

帰宅して先月と先々月のガソリン代と高速道路代の話になった。

ずいぶん高額になるらしい。

経営コンサルタント会社を共同経営していた時はガソリン代など気にもしなかったが今はそういう訳には行かない。

そこで、妻から

「次回の読書会はこっちであるのよね?もしまた湯布院であるならやめたほうが良いと思う。もともと遊びでしょ?他の人たちは何らかの商売や仕事上のつながりやメリットがあるけどあなたにはそれがない。にもかかわらずわざわざ湯布院まで行ってする必要があるのかしら?」

そこで絶対君主であった私は威厳を持って彼女にこう伝えた。

「あっ、16日は車を使わずにJRを使う予定だ。そのほうが安く上がるから。」

妻は私の威厳にひれ伏しこう言うのがやっとだった。

「次回の開催がこちらでなければ手を引くのよね」

再び私は厳かにこう宣下した。

「もちろん」

 

いやはや本番直前にこれではやる気も何処かに行ってしまいますわ。

しかし、私は「仰せの如く我になれかし」と妻に首を垂れます。

家庭に平和があるために。

 

あの絶対君主だった時代はいつだったのだろうか。

子供が生まれる前のほんの短い期間だった。

それとてどうだったか。

人は見たいようにしか見れない。

 

 

心の平安は不安がないことではない

「いつくしみとあわれみー慈悲ー 2016シンポジウム記録」

人間のゆがみ(罪)の「根源をたどると、愛されること、愛されるに任すことを拒むところにあります。自分を偶像とするまでに自立にこだわることです。」(中略)この「自立」へのこだわりは(中略)自分で自分を救う。人に迷惑をかけない。しかし、裏返しには、つい人を裁いてしまう自分がいます。(p28)

 

ドミニコ修道会の総長がその著作の中で、スコラ神学の代表的神学者で『神学大全』をなした知の巨人といわれる聖トマス・アクィナス教会博士について「彼の生涯を導いたものは(中略)神への無知であった」と記していました。(p37ー38)

結果から見て、何かを完成させたようにうかがえる人の生き様は、むしろそれに飢え乾き続ける生涯です。(p38)

神の現存を深く生きた十字架の聖ヨハネの生涯を導いたものは「神の不在であった」と言えると思います。(p38)

おそらく「心の平安」も何も不安がない、何も問題がないということではなく、絶えず神を探し求めながらイエスが人々に仕えたように仕え、平和のために働き続けることの中に、平安が宿るのではないかと思います。(p38)

神を探して生きている時に、むしろ不安になったり、足りなかったり、自分はダメだなと落ち込みながら生きていくならば、平安を生きているしるしなのかもしれません。(p38)

以上カルメル会修道司祭 中川博道神父の発言を引用

このほかにパネリストとして神道から三橋健氏、真宗大谷派から佐竹通氏が発言されている。

 

湯布院 亀の井別荘

亀の井別荘に隣接する金鱗湖。

 

 

 

亀の井別荘内

宿泊エリア以外は誰でも自由に立ち入ることができます。

大半が韓国人の観光客の様でした。

大声がこの場の雰囲気を台無しにしている様です。

ぶつかっても知らん顔です。

 

 

許可を得て立ち入り禁止エリアから。

ここに庄屋サロンがあります。

ちょうどオーナーの中谷氏がいらっしゃいましたので立ち話をしました。

中谷氏からお茶のお誘いを受けましたが、同行したMさんが何故か断りました。

残念でした。

上田秋成について少しだけ感想を述べると、すぐに上田秋成について若山牧水が詠んだ句を紹介してくれました。

この亀の井別荘に宿泊した折に詠んだ句の様です。

書も残されているとのことでした。

 

ムスタキ

確かスーツを仕立てた店のオーナーはムスタキのファンだった。

ムスタキの名前は聞いたことはあったが歌は聞いたことがなかった。

今回彼との会話を思い出してムスタキの動画を探した。

こんな曲を歌っていた。

 

 


ムスタキ「ヒロシマHiroshima」

 

 

 

 

 

移ろい易いもの、細々と続くもの

40代の頃は陶器が趣味だった。

加えてスーツと靴。

スーツと靴はそれぞれあれこれ調べているうちに、一点あたりの購入金額が上昇し続けた。

ついにそれぞれオーダーするようになった。

 

スーツは地元の老舗で仕立てた。

店に入りまずオーナーと話をした。

彼は慶應出身の物静かで上品な紳士だった。

しかし経営者として確固たる信念と事業の将来像を持っていた。

オーダーに至るまでの経緯を語るとオーナーは意気に感じて信じられないような価格で仕立ててくれた。

次に仕立てた時は、オーナーが私に似合いそうな生地を5点準備していて私に選ぶように促した。

その中に、ネクタイとワイシャツの組み合わせが難しそうな生地があった。

シルクが入ったフランスの生地だった。

他の生地は既製服に使われているような生地だったので面白くない。

そこでその生地を選んだ。

オーナーの期待に沿ったようでとても嬉しそうに「それを選んでいただきたかったし、選んでもらえると思った。難しいでしょうがぜひ着こなしてください」と言った。

真剣勝負をしたような感じだった。

生地の価格は前回のものよりかなり高価だったが、ありがたいことに前回と同じ値段にしてくれた。

「あなたとはこの価格で行きます」言ってもらえた。

ちなみにこの着こなしの難しいスーツの袖を去年は一度も通さなかった。

やっぱり着こなすのが難しい。

 

靴は上京した際にオーダーするようになった。

ランチの店に向かっていると開業して間もないオーダー靴の店を見つけた。

食事を終えてその店に入ってオーナーの職人と話をした。

イタリアで修行したそうだ。

頑固で理論的であった。そしてもっとも肝要な靴作りの情熱を感じた。

その場で注文した。

木型から作って完成したのは六ヶ月後だった。

その後何足かオーダーした。

 

陶器、スーツと靴のオーダーは昔のものになった。

今は昔のスーツを補正して着ているし靴は修理して履いている。

未だに細々と続いているのは能くらいかと思う。

宝生流の能のチケットを取ったので上京した際に観能したいと思う。

宝生流は初めてなので今から楽しみにしている。

 

 

 

 

山口市へドライブ(山口の旅2)

角島大橋を渡った後、時間があったので山口市へ向かった。

さすが何人もの総理大臣を輩出している県だけあって道路は見事に整備されている。

車道はもとより、山の中であっても歩道が広くとられている。おまけに車の通行量が少ないので運転しやすく快適なドライブを楽しむことができた。

山口市に着くと最初に向かうのはもちろんカトリック信者であるからザビエル聖堂。

イエズス会の教会である。

信者数は我が大分教会と同じくらいだが、聖堂の規模が違う。

大きい。

献金をして聖堂の中に入ると違和感がある。

周りにいる人々の様子が違う。

ひざまづき台の上に土足で足を乗せている。

観光客ばかりのようだ。

お祈りの雰囲気があまりしない。

小聖堂に移動してお祈りを捧げザビエル聖堂を後にした。

ちなみに我が大分教会もザビエル聖堂であるが、誰もそう呼ばない。

大分(府内)は聖フランシスコ・ザビエルが滞在した場所であり、当時のヨーロッパで最も有名な日本の都市であったのだが。

 

 

ザビエル聖堂の次に訪れたのが曹洞宗瑠璃光寺

国宝の五重塔が出迎えてくれる。

 

これは立派な塔だ。

 

本堂

 

 

山口市は県庁所在地とは思えないくらいに規模が小さい街のようだ。

おかげで初めて車で訪れても走りやすい。

落ち着いた良い街だ。

これからしばらく山口まで日帰りドライブをしようと思う。

 

 

夜はアーケードのある商店街で食事をした。

しかし、人通りが少なく6時を過ぎた頃には少し淋しく感じた。

それに、食事をする店が少ない。

おそらく湯田温泉の方に店があるのだろう。

アーケード内で見つけた「さわらぎ」という天ぷら屋に入る。

先客はなし。新聞を読んでいた店の方が私たちが入店すると慌てて席を立ったのがおかしかった。

いや、それよりもこの店で大丈夫なのかと不安になった。

しかし後から地元の方が続々入店したので安心した。

天ぷら定食と天丼を注文する。平貝のバター焼きとサザエの壺焼きを追加注文した。

天ぷらはお母さんが揚げたようなぼってりした衣であったが、タネも悪くない。

何より量が多い。

後から入店した地元の方の多くは天丼の大盛りを注文していた。

これがまたすごい量で驚いた。

量が多く質も悪くなし値段も安いので次もこの店にしようと思った。

帰宅したのは9時半。朝10時20分に出てこの時間に戻れるならさほど苦にならない。