自然なこころで生きる

たわいのない話

粗忽者

「紅い花」のタイトルをつけた記事を午前0時に予約投稿していたのを失念していた。

まだ編集途中で、お蔵入りする可能性も高かった。

早朝、記事がアップされているのに気付いた。

慌てて下書きに戻した。

すでに、aeさんがいいねをつけて下さっていた。

aeさんに大変申し訳ないことをした。

aeさん、大変失礼いたしました。

粗忽者で申し訳ございません。お許し下さい。

 

 

今日で一旦教える仕事はひと段落するので本来ならば暇になるところだが嫌な仕事が控えている。

著作物の剽窃がつい先日発覚した。

100ページ余の著作物のほとんど全部を同じ職場の者からまるっきり剽窃されていた。

例外はたった一つの表だけだった。

私は粗忽者だからなのか、ある一点を除けば腹を立てることはないらしい。

よく友人から、そこは怒るところと言われる。

しかし、ごまかしに対しては怒りが湧く。

子供の頃、母は私を日吉丸ならぬ「気良し丸」と呼んでいた。

来客があると「あれ出せ、これ出せ」と何でも出させていたらしい。

お客さんが帰ってしばらくすると自分のものが何もないと泣いていたとよく聞かされていた。

事前に相談があれば何とかした。

剽窃し、それを自分の著作物と公言する人はどんな精神なのだろうか。

友人の弁護士と相談して対処することにしているが「東に訴訟があれば下らないからやめ」たい。

ひっそりと咲く路傍の花は気高く美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対立する家の二人

オペラもバレエも全く興味がないけれど、このプロコフィエフのバレエ「ロミオとジュリエット」だけは第1幕第1場第13曲「騎士達の踊り」に限って観ることがある。

もちろん観るのはYouTube

いくつかの動画を視聴していると全くの門外漢でも振り付けの違いなどがわかるようになり、また振り付けの好き嫌いも出てくる。

そのなかで好みなのが下の動画。

女性達がエレガントなところがとてもいい。

 


Prokofiev Romeo and Juliet -- Ball Scene (Macmillan)

 

なぜ「騎士達の踊り」に限って視聴するかというと、この時流れる曲に惹かれるからである。

この曲がバレエ組曲になると「ロミオとジュリエット」の第2番「モンターギュー家とキャピレット家」になる。この曲が好みだからなのである。

そこで、その動画を。

これはゲルギエフが手兵マリンスキー歌劇場管弦楽団を指揮している。

この人が指揮する同曲にはロンドン交響楽団(LSO)の動画があるが、出だしが短兵急で今ひとつ好きになれない。

このNHK音楽祭の動画はそれがなくてありがたい。

しかしカメラ回しのセンスは断然LSOの方が優れているように思う。

NHKのカメラ回しはなんだか硬く教科書的で面白くない。

ゲルギエフという当代一の人気と実力のある指揮者を映していれば問題がないとばかりに「音」にカメラを合わせていない。まるで公務員みたいで自由さがない。

同曲の動画としてはチョン・ミンフンが指揮するラジオフランス交響楽団の動画がとても良いと思う。

カメラ回しが素敵だ。

 


♪NHK音楽祭2007 プロコフィエフ:バレエ組曲「ロミオとジュリエット」 / ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団 2007.11.18

 


Prokofiev Romeo & Juliet Suite

 

しかし、純粋に音楽という面からはムランヴィンスキーが指揮するレニングラード交響楽団の演奏が最も好みである。

絹のような弦楽器、音量を上げても破綻しない管楽器、楽器の音が溶け込み一つとなっている。

それにこのムラヴィンスキーの顔がいい。

強靭な意志を感じる。なんでも許す柔らかな男ではない。

今の日本では好まれない男かもしれない。

同じ頃、まさに東西冷戦の最中、ムラヴィンスキーのいるソ連と対峙していた一方の雄アメリカに同じような男がいた。

当時最も優れた交響楽団と呼ばれたクリーブランド交響楽団を率いるジョージ・セルだ。

クリーブランド交響楽団が紡ぎ出す一つになった濁りのない音は同オーケストラをしてヨーロッパでジョージ・セル室内管弦楽団と言われたほどだ。

ジョージ・セルクリーブランド交響楽団は私の最も好きな指揮者と交響楽団だ。

硬くきっちりとして面白みがないように思えるがその奥にそうではないものを感じる。

一時の興奮ではなくずっと生き続ける音があるように感じる。

セルは苛烈で厳しく、非情さを持った男だ。

彼は当時二流だったクリーブランド交響楽団の指揮者を引き受けるに当たり楽団員の人事権を要求し容れられた。

人事権を手にするや彼は楽団員の大半を入れ替え徹底的にトレーニングしオーケストラを当代随一に変えたたのだ。

組織を統率する方法はいくつかあるだろうが、彼のようにしなければ組織を一つにまとめることができない場合もある。

オーケストラはまさにそうだ。

仕事は、特に人を率いる場合、どんなに柔らかな表情をしていてもそこに本質がある。

 

 


Prokofiev Suite No. 2 from Romeo and Juliet

 

さて、しばらく続けた「続・わたしの音楽小世界」を小休止しよう。

まだまだ紹介していない音楽、例えば演歌やクラシック音楽などあるが、それらを紹介し続けるとまるで音楽ブログになってしまう。

もとより私は音楽の素人で知識もないし楽器の演奏(ギター、ピアノ)にも才能のないことは十代の終わりに嫌という程思い知ったので、音楽について記事をアップするのは笑止千万かもしれない。

しかし、素人なりに曲を聴いて捉えた私の感想や感覚を記すならば素人であってもそう問題はないはずだ。

しかも、音楽の記事をアップするのはYouTubeの動画を貼り付ければ良いから造作ない。

ところが、それでは一体何のためにこのブログを更新しているのかさっぱり分からなくなる。

このブログは、自分の中ではいつしか読者となって下さった皆さんに向けられた便りと思うようになった。

特に幾度もコメントを寄せて下さった方々に対してはより一層その感が強い。

 

ならば、いつもYouTubeの動画を貼って終わりにするのはどうかと思う。

便りにふさわしい記事をアップすべきと思うが、問題はふさわしいものが浮かぶかだ。

何とかなる、かもしれないと思う。

 

ここでこれまで度々コメントを寄せて下さった方々に感謝申し上げたい。

初めて読者となって下さり電脳空間における最も古くからの友人キリンさん、

鋭い感性の畏友aeさん、

同じような「時代」を生きる友人ShougoMamaさん、

心の友アリさん。

皆さんには心から感謝しております。これからも宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

You Must Believe In Spring

陶芸家のH君はビル・エヴァンスの曲を聴きながらろくろを回しているという。

彼に小澤征爾が指揮するトロント交響楽団のCDを貸したことがあった。

武満徹の「ノーベンバー・ステップス」だ。

しかし、「ノーベンバー・ステップス」は曲に神経が集中するため曲を聴きながらろくろを回すことができなかったらしい。

 

今から10年ほど前、先日記事にアップしたマイルス・デイヴィスの「死刑台のエレベーター」を聴いて、遅まきながら私もジャズを少しだけ聴いた。

それがビル・エヴァンスのアルバム「Waltz for Debby」だった。

しかし、当時はクラシック音楽に興味があった私には今ひとつピンとこなかった。

そのためそれ以降ジャズを聴くことはなかった。

H君と旧交を温めるようになって再びビル・エヴァンスのアルバムを聴くようになった。

なるほど、これは作業の邪魔をしないし、とても良い音楽に思える。

薄く柔らかなベールをかけてくれるような気がする。

あるいは、川のせせらぎのような感じだ。

それにビル・エヴァンスはとても上手なピアニストだ。

彼のピアノは基礎がしっかりしていて音が粗雑にならない、その上に知的だ。

 

この「You Must Believe In Spring」はH君のお薦めのアルバムだ。

冒頭の曲の出だしがとても好みなのでビル・エヴァンスのアルバムの中で聴く頻度が最も高い。

 


Bill Evans - You Must Believe In Spring(1977)

 

 

 

夕暮れに聴いたCD

死刑台のエレベーターは友人の旧宅に集まって聴いた。

集まったのは、家の持ち主である会社経営者Oさん、数学者のAさんと私の三人。

Oさんはジャズファン、 Aさんはクラシックファンだった。

OさんのCDコレクションの中からあれこれ聴いて批評しあった。

昼過ぎから聴き始めて最後のCDを聴く頃は陽が落ちようとしていた。

それがマイルス・デイヴィスのアルバム「死刑台のエレベーター」だった。

私たち三人は一言も喋らず、じっとスピーカーから流れるメロディーに耳を傾けていた。

曲が終わると「死の淵に引き寄せられているようで恐ろしかった」と皆同じ感想を述べた。

 

 


「死刑台のエレベーター」 マイルス・ディビス・クインテット

 

アルバムはこれ


Miles Davis - Ascenseur pour l'échafaud - Lift to the Gallows (Full Album)

 

 

 

 

博多っ子純情

チューリップと言えば私の中ではこの曲が一番。

ヴォーカルの姫野君(年長者なのに申し訳ない)の声が頼りなげでとてもこの歌に合っている。

バックコーラスもビートルズのそれのようでとても好きだ。

低音をエレキベースとピアノで交互に担っている。それがコーラスとともにこの曲に深みを与えている。

改めてこの曲を聴き直してみると結構面白いアレンジをしているのに気付いた。 

 


博多っこ純情

ほしかつのギターはいい

星勝のギターがいい。

彼のアレンジも素晴らしい。

今聴いても古くない、と思う。

鈴木ヒロミツのヴォーカルは幾つも難点があるが彼の声はこの曲にあっている。

終盤のベースもとても好きだ。

しかし、やっぱり星勝だ。

星勝吉田拓郎の曲をロックに変える。

日本のロックを全く知らなかった頃、既に社会人になっていた従兄から星勝のことを教えてもらった。

「ほしかつのギターがいい」

 

 

ライブの映像があったのだが削除されてしまったので止むを得ずこの動画をアップした。

それにしても全く曲にそぐわぬ写真が情けなくなる。

 


たどりついたらいつも雨降り  ザ.モップスLIVE

 

オリジナル曲はこれ。

これはこれでやはり素晴らしい。

吉田拓郎のヴォーカルは素敵だ。

天性の歌声の持ち主だ。

この曲のアレンジもいい。


たどり着いたらいつも雨降り 吉田拓郎



最後に日本のロックをもう一曲。

鈴木ヒロミツジョン・レノンに似ているなあ(少し太めであるが)。


THE MOPS - 永久運動(Perpetual Motion)

もう森へなんか行かない

この曲はTBSのテレビドラマの主題曲として使用されていた。

番組が終了して以来この曲を聴くことはなかった。

物悲しく気だるいこの曲を思い出すことがあった。

しかし、正確なタイトルを知らないし、フランソワーズ・アルディが歌っているのも知らなかったので探しようがなかった。

インターネット時代はとても便利になった。

記憶の断片を元に森の中から昔聴いた曲を発掘できるようになった。

それをYouTubeで視聴する。

 


FRANCOISE HARDY(フランソワーズ・アルディ) もう森へなんか行かない

 

しかし、改めて聴くと記憶の森に埋もれていた理由が分かる。

この曲は映像と一体となって初めて訴えるものがあったようだ。

ドラマが終わった後ではこの曲はあるべき場所を失ってしまった。

だからこの曲は記憶の森に沈み込んで行ったのだ。

わずかな断片を森の表面に残したまま。

 

 

廊下で立ち止まるとN子さんは私の目を見て「やさしくて悲しい目」と呟いた。

家族にとても辛いことがあった日だった。

そのひと月ほど前、N子さんが辛くて悲しそうだったので言葉をかけた。

後で知ったのだが、彼女の恋人が修行のため遠い土地に旅立った日の午後だった。

 

一度だけN子さんの話をじっくり聞いた。

彼女は恋人のこと、なぜあの日は悲しい目をしていたのかなどを話した。

その後はそれまで通り仕事上の言葉を時折交わすだけだった。

翌年の春、彼女は遠い街に移り住むことになった。

旅立つ前に「一度食事に行きませんか」と誘われた。

N子さんは整った顔立ちの美人で女優のようだった。

そんな若くて綺麗な女性とおっさんが食事をするのは不似合いだし誤解を生むとまずいのでいつもの格好で待ち合わせ場所に出かけることにした。

仕事用のスーツにクローゼットの中から時代遅れとなったよれよれのコートを選んで羽織った。

待ち合わせ場所に現れたN子さんはいつもとは違った。

髪も服も思い切りおしゃれをしていた。

こちらが気恥ずかしくなるくらい綺麗だった。

周りの男性たちが彼女を見ていた。

肩肘張らない店で記憶に残らないほどの話をして食事は終わり店の外で別れた。

 

遠い街から手紙が一年くらいの間に三通来た。

御礼と近況報告だった。

一通目は毛筆で書いていた。

小学生のような字でお世辞にも上手とは言なかった。

慣れない毛筆で一生懸命に書いたことが伝わってきた。

二通目は彼女の恋人が修行する信州からだった。

彼女が描いたあまり上手いとは言えない信州の風景のスケッチだった。

彼女は短い夏休みを利用して恋人のアパートに滞在していた。

三通目は私の誕生日のお祝いのメッセージだった。綺麗に包装されたプレゼントを送ってくれた。

一生懸命自分で包装したと記されていた。

 

彼女が遠い街に移り住んだ何年か後に電話で一度だけ話した。

教え子たちと彼女の住む街に旅行に行くことになったと伝えた。

それを聞くと彼女は「私の大好きな夕日の綺麗な場所までドライブしましょう」と誘ってくれた。

彼女の住む街から車で1時間以上かかる場所だそうだ。

結局、旅行は取りやめになった。

 

それきりだった。

今は連絡先も知らない。

どこでどうしているのかも知らない。

接点の少ない人だったし、彼女のことを詳しく知っているわけでもない。

「もう森へなんか行かない」を聴いているとN子さんのことを思い出した。