自然なこころで生きる

たわいのない話

昔話を楽しみにしている

土曜日のランチは二週連続で自然食の店に行った。

先週は宇佐市、昨日は九重町長者原にある店を訪ねた。

ここは度々撮影に訪れるとても好きな土地だ。

台風の影響による雨で本来ならば外出しないのだが、こんな日ならば客も少なく落ち着いて食事ができるだろうと敢えて訪ねた。

予想通り私たちだけしか客はいなかった。

そのせいではないが店内は寒かった。

店に入るとストーブを点けてくれた。

 

 

料理は野菜と玄米で肉魚はなし。

妻が言うには三年前にこの店に誘ったが、当時はボリュームのある料理を好んでいたので断ったらしい。

「野菜だけのボッタクリ料金」と言ったそうだ。

変われば変わるものだ。

窓の外を見れば雨の中を小鳥が枝から枝に飛んでいる。

なぜか草木も鳥も愛おしく感じられる。

日本画のような景色に涙が出そうになった。

手のかかったであろう料理を素材の味を確かめながらゆっくりいただいた。

この写真で見る限り学校給食の豪華版みたいであまり美味しく見えないが、

実際は美味しい。

 

帰宅すると小さな会社を経営している幼なじみが訪ねてきた。

私の仕事上のトラブルを心配してのことだ。

木・金曜日にも来てくれたそうだあいにく不在だったのでそのまま帰ったらしい。

彼は八月の病気の際もすぐに訪ねて入院を強く勧めてくれた。

眼病が分かった時は、その病気に関するネット上の情報を印刷した紙の束を持って朝6時半に訪ねて励ましてくれた。

また別の日に腕が痛いと話すとすぐに駆けつけ温泉に連れて行ってくれたこともあった。

我が家から1時間以上離れた地元民しか知らないような温泉だった。

しかし、この時はドライブに行きたくて私の痛みを口実にしたと思えた。

 

職場を去り新しい仕事を始めることを伝えるとやむなしとだけ言った。

そして八月に病気になった時の気持ちを話してくれた。

彼は、私の病が重くすぐに死ぬと思ったらしい。

「爺さんになったらお前と昔話をすることを楽しみにしていたのに、それができないとなると何を楽しみにすればいいんだろうと途方に暮れたんだな。」

と他人事のように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

Fiat mihi verbum tuum

何ヶ月も悩まされ続けた問題の解決に向けて動き出す気持ちが起きた。

この問題がいつも頭の中にあるため何をするにも中途半端になっていた。

親友とこの問題について話をして決心がついた。

 

随分前に学生の半分くらいが留学生というAPU(アジア太平洋大学)の留学生と話す機会があった。敬虔なカトリック信者であるインド人のT君だ。

彼によれば祈りは自分の願い事のためにあるのではなく人のためだけにするものだと言う。

自分のことは他人が祈ってくれるから心配ないらしい。

そういえば、自分のために祈っても通じた経験があまりないような気がする。

逆に人のために祈ると不思議に通じるような気がする。

確かに妻から祈りを頼まれるとたいていかなっていた。

無心になるからだと思う。

自分のために祈ると神を自分の欲望実現の下僕のようにしている。

そして祈りが通じないと神に不平を言う。あるいは罵ることもある。

それは下僕に対する態度であって神に対する態度ではない。

 

そうは言うものの先に述べた問題の解決を神に祈ろう。

しかし、あなたのお望み通りになりますようにと。

Fiat mihi verbum tuum. 仰せの如く我になれかし。

 

どうか私のためにお祈りください。

 


Arvo Pärt - Silentium

展示室の世界

工房を訪ねる目的の一つはその職人の持つ美の世界観を知ることにある。

工房には一般的に展示室がある。

その展示室に職人の考える美の世界が表れている。

 

磁器から陶器に好みが移行したのはいいが、どの工房の展示室も緊張感がなかった。

それ以前に作品の形と色が汚く感じられた。

ここで満足できなければ陶器の趣味を終わりにしようとある窯元を訪ねた。

 

展示室の戸を開けて中に入ると焚かれた香が感覚を異次元に誘った。

広くない展示室は張り詰めた緊張感が支配していていた。

そのような緊張感は初めての経験だった。

展示室はその「作家」の世界そのもののようだった。

展示室には二段の棚があった。

棚にはそれぞれ5点ほどの作品が飾られていた。

棚の下に壺がいくつか置かれていた。

器と壺はあるべき場所に置かれていた。

完成された配置だった。

器と壺の形色に硬い端正さがあった。

全ての作品は見えない神経で「作家」の意思と結ばれているようだった。

「作家」の意思がピアノ線のように部屋の隅々まで支配していた。

一通り見終わってようやく息ができたような感じがした。

それにしても、この異様な緊張感は何なのか、その当時は分からなかった。

その間「作家」は私の視線を観察していたという。

感想を述べると「作家」はその言葉と私の視線に満足したらしかった。

 

それから私は陶磁器のブログを書き始めた。

そのブログで彼の作品を紹介した。

ブログは幾人かのギャラリーオーナーも読んでいたようだ。

記事を読んだギャラリーオーナーから何件かの個展開催の申し出が彼のもとにあったと聞いた。

その縁かどうか知るところではないが開催した個展はぐい飲みだけで結構な売り上げあったという。

もちろんブログで紹介したのは彼だけでなかった。

地方で頑張って作陶している陶芸家の作品を紹介したこともあった。

彼らから丁寧な感謝のコメントがあったときは嬉しかった。

ギャラリー店主から個展の紹介の依頼もあったが、全てお断りした。

商業主義でブログを書きたくない。

 

いつものようにその窯元を訪ねた。

その数日前に彼から最高傑作ができたと電話で聞いていた。

展示室に入り器や壺を見た。

どれが最高傑作か判別できなかった。

しかし、不自然な意図だけを感じるものが一点あった。

それが彼のいう最高傑作だった。

技術も美的センスも抜きん出ている彼の限界を知ったような感じがした。

あの展示室の異様な緊張感がどこから来るかも何となく理解できたように思えた。

あの展示室で表現されているのは彼の美の世界ではなく、精神の投影、あるいは彼の精神世界そのものだったのだ。

 

その後しばらくして私が書いたブログで国宝の茶碗を取り上げたところその解釈を巡って彼と対立した。

それから彼と交流が途絶えた。

おそらく彼は件の最高傑作に対する私の失望を察知したのだろう。

その苛立ちがブログ記事に対する攻撃となって現れたように思えた。

 

先日訪れた家具職人の展示室は心地良さがあった。

かといって弛緩しているのではない。

何よりも作品に整った精神の落ち着きが見られた。

帰宅しても作品の余韻を感じ、幸せな時間を過ごすことができた。

 

形のない人の心を相手にしているので形あるものを作り出している人を羨ましく思った。

 

 一夜明け、妻は冷静になったようで家具購入を断念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転がり始めた石は止まらない。

 

家を建て替える際に家具屋めぐりや家具の勉強をした。

最後はあちこちの店で同業者と間違われた。

あれから家具に対する興味を失った。

 

靴を履いたり脱いだりするために玄関に置く小さな椅子が必要になった。

知り合いから別の工房を勧めれたが、何故だか気になっていたTさんの工房を訪ねた。

分かりにくい道をようやく辿って工房に着いた。

ご夫妻でそれぞれ家具と木の器を製作している。

ちょうど、木の器の展示会が始まったばかりだった。

接客は奥さんが担当のようだったが、家具職人のご主人とも短い会話を交わした。

人柄の良い職人だった。

あまり商売っ気が無くて好印象だった。

色々見て、座っていたらどれも欲しくなった。

特に胡座をかける背の低い安楽椅子が気に入った。

これには当然サイドテーブルも必要になる。

それと玄関用の椅子を買うとなると財政的にとても厳しい。

しかし、春に購入した花入の代金とそう変わらない。

そう呟くと、それを耳にした妻が「もう焼き物は買わない」と言う。

加えて「カメラも時計も買わないように」と厳命された。

どうやら彼女は買う気満々のようだった。

暴走を止めるべく熟考を促した。

 

結局、箸だけを購入した。

安堵しながら窓の外を見ると別荘のような家があった。

ご自宅だった。

後で家の中を見せていただいたがとてもセンスがあった。

ご主人のセルフビルドらしい。

 

楽しい時間を過ごせた。

しかし、財布もあまり軽くならずに済んだのが一番嬉しかった。

 

ただし、これからしばらく県内の家具職人の工房を訪ねることになるらしい。

 


The Rolling Stones - (I Can't Get No) Satisfaction (Official Lyric Video)

 

 

 

由布岳登山口

 

遠くに下山中の人がいた。

 

少しアップ

 

登山口はすぐそこ

 

もう1組

しかし、軽装だなあ。

 

登山口にはこんなものも。

自己責任のような気がする。

つくづく甘い国と思う。

そして問題が生じると寄ってたかって責める。

昨日も企業のトップが申し訳ありませんと頭を下げていた。

一体誰に頭を下げているのだろう。

みんなで引き摺り下ろそうとしているかのようだ。

テレビではクイズ番組で知識の量の争いをしている。

それが頭が良いかのように。

日本にはセオリーメーカーが少ない。

大きな論理を構築できない傾向がある。

自然科学では今西錦司と文系では井筒俊彦は間違いなくパイオニアだった。

今はどうなのかしら。

 

宇宙の音楽

私はこの世に生まれ、宇宙の中へ投げ出された。

そこは壮麗であると同時に奇妙で恐ろしく、時折寂しさを感じさせる場所だった。

私は何とかして、永遠の宇宙の音楽を聞き取りたい。

人々、犬たち、木々、山々、星々を通して、何かが聞こえてくると私は思っている。

(「意識をめぐる冒険」p342 クリストフ・コッホ)

 

Salve Regina (Arvo Part)を聴きながら。

読書会本番に向けて

Mさんとの読書会セッションは前回同様カトリック会館で行われた。

わたしが気付かなかった点、見過ごしていた点をMさんから教えられた。

大げさすぎるが、それぞれが抱いていた感想に、今日の会で新たな視点が加わり、私たちは一つの心の物語を創ることができたのではないかと思っている。

もちろん細部は各人により異なる。

しかし、それが新たな物語の始まりになり、次回のセッションで新たな共通の物語を創作することになる。

一冊の本によって私たちの心を知ることになる。

本は単なる物語に留まらずに私たちは心の物語を紡ぎ続ける。

そういう風になればいいと思う。

 

今回で世話人による読書会の準備は終了した。

次回は、11月2日に由布院で開催を予定している。これが本番となる。

同じく青頭巾をテーマにする。

 

青頭巾のあらすじ

主人公の改庵禅師は改庵妙慶といって、実在する僧侶である。この改庵禅師が美濃国夏安居をした後、東北のほうへ旅に出た。下野国富田へさしかかったのは夕方のことだった。里に入り大きな家を訪ね宿を求めると、禅師を見た下人たちは、「山の鬼が来た」と騒ぎ立て、あちこちの物陰に隠れる。現れた主人は改庵が鬼ではないことを確かめると迎え入れ、下人たちの無礼をわびる。騒ぎのわけを聞くと、近くの山の上に一つの寺があって、そこの阿闍梨は篤学の高僧で近在の尊敬を集めていたが、灌頂の戒師を務めた越の国から一緒に連れ帰った稚児に迷い、これを寵愛するようになった。稚児が今年の四月に病で死ぬと、阿闍梨は遺体に何日も寄り添ったまま、ついに気が狂い、やがてその死肉を食らい、骨をなめ、食い尽くしてしまった。こうして阿闍梨は鬼と化し、里の墓をあばき、屍を食うようになったので、里人は恐れているという。禅師はこれを聞いて、古来伝わる様々な業障の話を聞かせた[31]。そして、「ひとへに直くたくましき性のなす所なるぞかし」「心放せば妖魔となり、収むる則は仏果を得る」[32]と言い、この鬼を教化して正道に戻す決心をした。

その夜、禅師は件の山寺に向かうと、そこはすっかり荒廃していた[33]。一夜の宿をたのむと、現れた主の僧は、好きになされよと不愛想にいい、寝室に入っていった。真夜中、坐禅を組んでいると、食人鬼と化した僧が部屋から現れ、禅師を探すが、目の前に禅師がいても見えずに通り過ぎ、あちこち走り回って踊り狂い、疲れはてて倒れてしまった。夜が明け、僧が正気に戻ると、禅師が変らぬ位置に坐っているのを見つけ、呆然としている。禅師は、飢えているなら自分の肉を差し出してもよいと言い、昨夜はここでずっと坐禅を組んでいたと告げると、僧は餓鬼道に堕ちた自分の浅ましさを恥じ、禅師に救いを求めた。禅師は僧を庭の石の上に座らせ、被っていた青頭巾を僧の頭にのせた。そして、証道歌の二句を公案として授けた。「江月照松風吹 永夜清宵何所為」[34]。この句の真意が解ければ、本来の仏心に出会うことになると教えて山を下り、東北へ旅立っていった。

一年後の十月、禅師は旅の帰りに富田へ立ち寄り、以前泊まった家の主人に様子を聞くと、あのあと鬼が山を下ったことは一度もないといい、喜んでいる。里人は鬼の災厄を逃れたが、僧の生死がわからなかったため山に登ることは禁じられ、現在の様子は誰も知らなかった。そこで禅師が山に登って寺の様子を見てみると、そこはさらに荒れ果てていた。庭の石の上にうずくまる影があり、傍によると、低い声であの公案の文句をつぶやいているのだった。師は杖をもって「作麼生(そもさん)、何の所為ぞ」と頭を叩くと、たちまち僧の体は氷が朝日に解けるように消え、あとには人骨と、あの青頭巾だけが残った。こうして、僧の妄執は消え去ったのであった。改庵禅師はその後この山寺を、真言密宗から曹洞宗に改めて再興し、住職に就任した。これが北関東の曹洞宗本山として大いに栄えた、現在の栃木市大中寺である。(Wikipediaより引用)

 

ゲド戦記と対比することも面白いと思ったのでMさんにゲド戦記について参考資料を作ってもらうことをお願いした。